顧客の「服部隆幸」が1万7千円のスラックスを購入したことをトリガーにして、育成対象者と認定し顧客育成シナリオを回しても、せいぜい年間3本のスラックスと3着の上着を購入する程度の顧客にしか育たないだろう。年間売上げはせいぜい20万円程度の顧客にしか育たないであろう。
同じ「服部隆幸」が、次にミラショーンのスーツ上下を購入したら、ここをトリガーにして顧客育成シナリオを回し始めることは適切である。年間売上げが100万円を越えることは十分に予測できることである。
前後二回の買い物を通して「服部隆幸」像を思い巡らせることはできる。
・いわゆるお金持ちではない人。
・良い服(ミラショーン)がどういうものであるかを知っている人。
・外と内を使い分けている人。
百貨店にとって優良顧客とはRFM分析やABC分析で上位にある顧客ではなく、まずは金持ち顧客である。けれども金持ちだけでは対象にはならない。
私の友人の父親は一代で企業を中堅企業に育て上げた人物である。年商800億円程の企業だが上場はしていない。某超大企業が回収する製品をリサイクルすることをメインにした静脈企業である。父親は会長であるが創業者なるがゆえに絶大な権限をもっていて、それはさまざまに社内の規則になっている。
一例をあげよう。この会長はグリーン車を贅沢と考えている。したがって社長もグリーン車を乗れない。お歳暮、お中元など企業としてのお付き合い以外は一切しない。したがって飲食接待やゴルフなどの接待費は認めない。
会長の着る服は社内では作業服、息子である私の友人によると外出着もスーツ上下が5万円以内だそうである。徹底した質実剛健を貫いている。
大変な資産家だが、質実剛健を生活の基調において生きている人だから、良いものを持つ喜びを知らず、良いものを持とうとしない。
このような人はお金持ちでもけっしてよい顧客とは言わない。私はクリーニング業に精通しているが、訪問セールスをしている人たちの話を聞くと、「大きな家だから良い服がクリーニングにでるとは限らない。むしろアパート住まいの人に良い服が出る確率が高い」という。
彼らはこうも言う。
「お金を使わない人がお金が貯まる。お金を使う人はお金がモノやサービス、食べ物に変わる。お金持ちとはモノを買わない人だと思う」
もう一つ、ここが大切なところだが、よい顧客とは先の例であったように、よい服の価値を知っている人である。
ミラショーンが良い服とは思わない人にとっては、ミラショーンの服は買わない。あるいはミラショーンは良いとは思わないが、ポールスチュアートの服は良いと思う、あるいはGアルマーニの服は良いと思うという人はたくさんいる。こういう人は好んでポールスチュアートやGアルマーニを買う。
百貨店でも専門店でも同じだが、優良顧客とは何か、誰か、どのような顧客か、どのように対応すればよいかを定義していない。その結果、例えば顧客を特定してセールスをしている外商営業のやり方を見ていると、結局は資産家である顧客をちやほやするに留まっている。
ところが店舗営業では、優良顧客とはRFM値の高い顧客としてか定義していないから肝心の優良顧客を見つけることも育てることもできないでいる。これが実態だ。
そこで、1万7千円のスラックスを購入したことをトリガーにしたDMを発送することになる。
これからが重要な話になる。
我々は顧客育成とはアップセル、クロスセルを重ねる顧客にしていくことと定義している。優良顧客とは顧客育成が終わった後の顧客と定義している。この定義に照らし合わせてみると、はたして販売の現場は顧客育成をしているのか。例えばミラショーンの洋服がいかに生地を厳選し、縫製に工数を加えているか、それがどのように着心地にでているのかということを顧客に伝えているのか。
現状はミラショーンの服がよい服と分かっているほんの一部の顧客が来るのを待っているだけ、あるいはふらりと迷い猫のようにまぎれて入ってきた顧客に押しの販売技術だけで商品を販売しているかのいずれかではないか。
顧客育成とは、私たちは顧客学習促進の成果であるとも定義をしている。
例えばミラショーンの服がいかによくできているのかを宣伝めかないで顧客に伝えていくこと、ミラショーンの服を購入し、着ている人であれば乾いた砂地にまいた水を吸い取るように顧客学習効果は生まれるだろう。そうした努力だけが顧客を育成することができ、結果としてアップセル、クロスセルを繰り返してくれるのである。
散らばってしまった話をまとめよう。
育成する対象顧客はRFM分析ではでてこない。育成する対象顧客は必ずしもお金持ちでなくてもよい。企業が販売する商品のよき理解者であること。けれどもよき理解者を待っていたのでは商品販売は拡大していかない。よき理解者は育成していくもの。販売する商品を通して育成していくこと。この方法以外に顧客育成はないのである。以上から顧客育成シナリオとは何であるかを図り知ることができるであろう。
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