伊勢丹を相手とした業務提携、資本提携、経営統合の話がマスメディアを賑わしている。
百貨店が、面積貸し、消化仕入れ(売れたら仕入れ計上する制度)、派遣店員制度の3つの制度を敷いて次第に不動産業化して行ったのだが、伊勢丹が他と違うところは、百貨店とは何か、伊勢丹とは何かを定義し、社員が一丸となって実現に向けて展開したことである。
伊勢丹とて面積貸し、消化仕入れ、派遣店員制度が大部分で、自前の売場は20%に満たない。
しかし、他の百貨店と違うことは、全部の売場を伊勢丹ナイズに仕向けていったことである。
伊勢丹とは何かを定義した強みである。
この商品は伊勢丹らしくないから換えて欲しいと取引先に指示する百貨店は伊勢丹以外にはないであろう。さらに先のメールマガジンでも書いたことだが、NY ブルーミンデールに、VMDに関係する社員を幾度も訪問させてブルーミンのVMD技術を会得した。このVMD技術は伊勢丹流にアレンジされていまや他を圧 倒的に引き離すノウハウとなっている。
この努力の積み重ねが、今日の伊勢丹を築き上げたわけだが、小菅創業者一族の運営が破綻を来たして、近代経営を知るものが経営者になっていったことも追記されるべきである。
さて、今は三越と伊勢丹が経営統合に向けて話を進めているようだ。
週刊ダイヤモンドの5月26日号には、三越の石塚社長が経営統合に向けて何を考えているかを語っていて、今読むと今日の発表を示唆している。どこと提携するかは白紙だと語りながらも「企業価値を上げるために我々が持っていないものを持つ百貨店同業他社と組む可能性はある」と言外に提携先は伊勢丹であろうと思わせる発言をしている。
もっとも伊勢丹の武藤社長は同誌で「こちらの方針にすべて従ってもらえる企業でないと提携できない」と語っている。
さて私は、「これでよいのか日本の百貨店」といいたいのだ。
伊勢丹の持つ魅力は前述したが、このシステムが大成功をしているのは伊勢丹グループでは新宿にある本店だけである。
伊勢丹は神の手をもっているわけでな、伊勢丹の社員全員に神通力があるわけではない。
伊勢丹が主宰しているADO(全日本デパートメントストアーズ開発機構)には全国の百貨店32社が加盟している。また伊勢丹は岩田屋に51.3%の資本参 加で子会社化している。北海道の丸井今井にも約13%の資本参加をしている。松屋にも4.1%の資本参加をしている。業務提携会社は阪急、名鉄、東急、井 筒屋、などであるが、はたして伊勢丹と提携をすれば若者がどんどんと押し寄せる百貨店に生まれ変わるのだろうか。
現実には、ADOグループの地方百貨店幹部社員は、「伊勢丹の新宿店を見ても自店の参考には全くならない」と語っているし、福岡の岩田屋が完全復活したのは、岩田屋プロパーの人材力に負うところが大きい。岩田屋に出向した伊勢丹の幹部社員は、岩田屋プロパーの能力の高さに驚いて「岩田屋はうちより優秀ですよ」と社内で語っている。もともと岩田屋は金融庁の貸し剥がし政策が出なければ自力再生できたのである。
さらに伊勢丹に神通力があるはずがないのは、北九州の井筒屋は伊勢丹のてこ入れにもかかわらず苦戦していることが証明している。
つまり伊勢丹と提携しても、個店舗の地域や立地条件によって影響され、神風が吹くことはないということである。
百貨店業界は大再編成に熱くなっているが、再編成をしても百貨店業が抱える問題は何一つ解決しないのだ。
百貨店業界が真に思慮しなければならないことは、「百貨店業界対総合スーパー業界対JR対WEB業界」に対する対策である。
地方の商店街と、駅前の小さな百貨店しかない時代に、日本橋の豪華な百貨店で買い物をすることは夢のような出来事であった。
三越で買い物をすることはステイタスの象徴であり、モノの充実が豊かさの象徴であった時代には三越の顧客は、それだけで豊かさのシンボル的存在になった。 しかし今は、欲しいものはいつでもどこでも手に入る時代、モノの充実が必ずしも豊かさの象徴とは言い切れない時代になった。
皆が「伊勢丹」と提携しどの百貨店も伊勢丹のMDに横並びになったら、伊勢丹方式では差別化が生まれなくなる。
また、伊勢丹本店のような店舗にするには、膨大な店舗改装費の投資が必要になる。
また、伊勢丹と提携すれば顧客が増えるだろうと思うのは間違いである。地方百貨店は伊勢丹方式では救えない。ADO傘下の地方百貨店幹部がいう「伊勢丹本店は我々の参考にはならない」という言葉がすべてを語っている。
百貨店がいかに再編成をしようと、商品を販売する「場所」はリアル店舗であれ、Web上であれ増え続けるから、再編成をすることによって百貨店需要が拡大することはない。
再編成は集合の変更に過ぎないのである。
さらに百貨店の主力顧客であるマチュア(熟年)層は、やがて超高齢化し顧客ではなくなる。
それは20年後に生じる。
つまり、百貨店の数を減らすことによってのみ、百貨店は生き残る時代がすぐそこにきているということである。伊勢丹と提携し、伊勢丹のMDを模倣しようとしたグループで生き残れるのは本家の伊勢丹だけである。
百貨店は一番重要なことを忘れている。それはLTVを目指す顧客育成政策が不在だということだ。CRM担当者は歯軋りをしていても、経営者が顧客育成政策を理解しない。
売り上げは顧客数×頻度×一客点数×商品単価で成り立っている。顧客がたびたび購入していただく以外に売り上げは増えないのである。売り上げを増やすため には優良顧客を定義し、場当たりではない育成シナリオを描いて育成していく。あるいは若いポテンシャルある顧客を見つけて育成する。
RFM分析のような場当たりな分析手法で抽出するのではなく育成するべき顧客をしっかりと定義し、時間をかけて育成をしていく。などの顧客政略を築くことなのである。
伊勢丹が今の時代に合致した経営政策をとっているといっても、その成功体験はわずか10年か20年の出来事ではないか。三越は330年余の歴史を持つ老舗百貨店である。それが伊勢丹と統合する結論をこんなに急いでどうするのかという想いが私にはある。
企業風土が全く異なる両社が果たして統合できるのかという疑問もある。
企業買収の標的にされてしまう懸念もあるところから、急いだのだろうが、しかし三越に限らず、提携や統合をしても前述したように百貨店の主力顧客層であるマチュア層は逓減していくのだから、店舗単位でその存在が問われる時代が来るといえる。
店舗はエリアと共に生きているのだから、エリアに住む人たちからいかに支持された店舗になるのかが問われる。
百貨店が再編成で生き残ろうと考えるのは、中長期展望に立つと私にはいささか甘いのではないかと思う次第である。
百貨店が必要なのは何よりも自分らしさを伸ばしていくために自分探しの旅をすることにある。顧客、地域、企業風土を含めて自分らしさを探し当てる旅を至急にして、存在意義を明確にすることだ。そこを固めないから判断がぶれる。
以上は最近の再編成ブームを見ての雑感である。
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