【2008.05.02配信】
ある大企業の社長とCRM導入に関する話をしていた。
「ところで話は変わりますが、こんなことがあってはいけません」と、社長は顧客戦略の自らの体験談を切り出した。
社長はかつて大企業の米国法人社長であった。日本とNYの行き来が極めて多く、ファーストクラスでお伴を連れて行き来する社長は使用する航空会社のトップベスト3に入るほどの優良顧客であった。そのために社長は航空会社から最高・最上のもてなしを受けていた。自分もその心地よさに満足し、まさに蜜月関係であった。
やがて米国法人社長から日本勤務になった社長は、当然ながら米国へ行き来する回数は減る。
すると航空会社はとたんに手の平を返した態度になった。これまでのもてなしはすべてなくなり、無視されていると同じになった。
これまでは担当営業がいて一つひとつ気配りがあったが、米国へ行く時でも一本の電話もなくなった。
社長は、めずらしくもそちらがそういう態度をとるならもう二度とお宅の航空機を使わないと感情的になったと説明をして、それからCRMでこういう事はいけません。服部さんはどう思われますかと質問をしてきたのである。
私はBREA理論のBR分析を説明して、上位グレードにいる顧客には固有のシナリオを持って生涯に渡りケアをすると説明をした。RFM分析で顧客を切り捨てないから航空会社の合理性は起こりえないと説明をした。
社長は、真剣に話を聴いて、「そういうCRMなら安心して導入できます」といったあと、
「そうそう三越はお客を大切にしていますよ」と三越の体験を話し出した。
社長が言うには「私は三越のお帳場カードを持っていますが、担当営業がついてしっかりとフォローしてくれます。それに前年度の買い上げが悪いからといって顧客サービスは落とさない。だから買う時は必ず三越にしています。商いはそうでなければ顧客との関係は長続きしませんよ」ということであった。
社長はさらに言った。
日本は一時期、アメリカを模倣しました。アメリカのものは何でも良いということになって導入をしましたが、日本にアメリカのものを持ってきてもそのままで合うわけはありません。
日本もそのことに気づいたのでしょう。しかし気づいてもそれでは日本ではどうあるべきか新しい考えが創造できているかどうかは疑問です。
アメリカ的な合理性だけでは乗り切れないものが日本には根強くあります。
新しい時代を創生するには知性が必要です。知性とは感覚で生じた物事を整理・統一した状態のことを言います。大切にされるべきは人間が持つ直感力であり五感なのです。経験から生じた智恵と言ってもいいです。それを整理することが知性なのです。
私は三越の一ファンとして三越に肩入れをしてしまいますが、伊勢丹の合理性が三越を覆い尽くした時に、三越は終わってしまうと思います」
私は顧客をケアすることがこれからのCRMであり、SFAのあり方であると説明をした。
社長もまったく同意であった。話は2時間に及んで終わった。
この席で三越の話が出るとは思いもしなかった。それどころか航空会社のRFM分析による顧客感情を無視した関係切断方法の極端さを否定する考えは私の意見と相似していた。
驚くことに社長は、伊勢丹の成功は新宿店の成功によって評価されたものであるが伊勢丹全館の成功モデルにはなっていないと否定した。
そうなのだ。伊勢丹新宿店は日本に一つだけある特異な成功モデルである。
日本一の乗降客数を持つ新宿駅。そこでの高級専門店展開、優れたVMD技術があいまって大量の集客を呼んでいるのであって、この経営手法は他の百貨店ではそのまま通用しない。
ましてや地方百貨店ではまったくモデルにならない。
日本の企業がこれまで培ってきたものは売る技術である。
売る技術を磨き上げた結果、いまどの企業も違いが見えなくなってきている。自動車メーカーがCD値(Constant Drag値の略。走行中のクルマにかかる空気抵抗係数のこと)を追い求めたばかりにどのメーカーのどの車種も同じようなデザインになった。
売る技術、つまり商品政策、デザイン、パッケージ、VMD、広告宣伝、価格政策、販売組織などあらゆる売るための技術はどの企業も磨き上げている。
しかし、顧客政策はない一つ磨き上げていない。
顧客は人間である。人間は高度の脳を持っている。複雑な思考ができる脳を相手に企業はビジネスをしている。
どれほど売る技術を磨いて心地よさを演出しても、他社も同じレベルで売る技術を磨き上げている。片方で売る技術を磨いても、顧客ケアをしなければ顧客の複雑な脳はそこにも反応をする。
顧客ケアを実現することがこれからのCRM、そしてSFAなのである。
前述した社長は経験上から来る直観力を以ってそれを瞬間に整理した。これを知性という。
そのうえ、いきなり話は三越と伊勢丹との提携に及び、三越の顧客政策は維持しなければ三越そのものの存続が危うくなると看破した。
顧客が商品を買うのである。顧客は人間である。人間には喜怒哀楽がある。
伊勢丹が合理性を以って会員カード顧客を整理しているが、このことは企業の思想である。
「当社のCRM導入にこんなことがあってはいけません」と話を切り出した社長こそ、まさしく知性の叫びであると私は思うのである。
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