【2008.05.09配信】
一つは人的資産(ヒト)、二つは商品資産(モノ)、三つは金融資産(カネ)、そして四つは顧客資産である。
ヒト、モノ、カネは、高度経済成長時代の戦略である。これまで、企業が経営基盤としていたものはヒト・モノ・カネである。それがいま揺らいでいる。ヒトは価値を生み出すが、ヒトもまたコストである。価値観が変わると価値を生み出す社員が変わる。ヒトもまた陳腐化するのである。神業と賞されたベテランの旋盤工が、コンピュータ制御の旋盤を操作する若い社員に技術精度で劣ってしまった例が、このことを証明している。
新しいデジタル技術に対応できない社員は、価値を生まなくなる時代が到来している。
デジタル技術社会では、知性を獲得していない社員の陳腐化は早い。陳腐化した社員は価値を産まずにコストだけ発生する存在となる。だから企業は価値を生まないヒトを切り捨てる。格差社会はこうして生まれている。
独創的な新商品もすぐに陳腐化する。デジタル技術を応用することで、改善、改良レベルの高い新商品が、すぐにライバル企業から出てくるからである。生活者の身近にある家電商品、パソコン業界、携帯電話業界などで起きている製品開発スピードの速さに、驚くばかりである。
シーズン遅れの製品がファクトリーアウトレット(工場直売)の業態でアメリカでは古くから登場している。これらは不良品ではなく、新製品ではないということだけで破格で店頭に並んでいる。いまはアウトレット産業も巨大化し、アウトレット向け新品が作られているようになっているが、格差社会が陳腐化した人間と新鮮で活きている人間区分けした社会と読み替えるなら、ファクトリーアウトレットも陳腐化した商品の姥捨て山である。
ここで私達がしっかりと認識しなければならないことは、ヒト・モノ・カネの経営基盤を整えたからといって、競争優位に立ち、勝ち残れることはできない時代になってきていることである。顧客第一主義は精神論だけで語られることが多かったが、顧客をケアする企業の技術として形式知にしなければならない時代がいよいよ到達したのである。
ヒトとモノとカネを投じて売上げを作る仕組みは、まさに高度経済成長時代の仕組みである。
大量生産大量消費時代とはおよそ50年前、ビジネスのスピード感で語るなら大昔の出来事であった。この時代には、ヒトとモノとカネを投じて作った経営基盤だけで、企業は売上げを創ることができた。高度経済成長時代は、顧客が生活向上の手段として競ってモノを選んだ時代であったからである。
日本経済が高度経済成長時代に突入し、家事労働から解放され生活を豊かにするための商品が安価で入手できるようになってから、洗濯、炊飯、掃除など家事に取られていた時間が新たに配分され、余暇が生まれた。人々は余暇を使ってさらに便利で、楽で、豊かな暮らしを楽しむ術を憶え実現するために奔走した。こうした時代には人々は行列を作って生活を劇的に改善できる商品を買い求めた。昭和30年(1955年)から昭和40年(1965年)代のことである。
しかしいまやそれは歴史的な成功体験に過ぎなくなっている。
商品が家庭に一巡すると商品を並べるだけでなく、売るための技術が必要になった。ヒトとモノとカネが織りなして構築した、売る技術とは商品を中心にした施策であった。
売る技術は、ブランディングする、デザインを好くする、機能を増やす、広告宣伝をする、売り場をよく見せる陳列方法を考える、売れ筋商品を見つけ一等の棚に置く、逆に、死に筋商品を見つけ排除する、売るための効果的な販売員教育システムを作成するなどのことである。
このことは進歩である。しかしあらゆる企業が同じ方向に進んだがために、競争は激化しながら他者との差別がつきにくくなった。また、売る技術に遅れをとった企業は敗退した。敗者は生まれても、勝者は勝者であり続けることが難しい時代になった。
ヒト・モノ・カネで構築したものは、売る技術に他ならなかったのである。
人智を絞って、資金を投入し、売れるものを作り、売れる技術を開発した。それは正しい進化である。少しも間違っていない。
けれども、売上げは顧客が作るという観点がここでは完全に欠落している。顧客はヒト・モノ・カネが作り上げた、売る技術に慣れてしまっている。おいしいステーキも三日間続けば、人はお茶漬けを食べたくなる。売る技術は慣れてくれば顧客に感動はなくなる。
もはや、ヒトとモノとカネが経営基盤として整い、その成果として、商品を作り商品を売る技術を確保していれば、未来も顧客は継続してモノを購入することが保障される時代ではない。
市場は逓減社会になることは必至であり、顧客の平均年齢は高まり、少子高齢化に突き進む市場にあって、商品が成熟化している今日、企業は売る技術をこれ以上どのように高めようとしても、売る技術に関しては、もう上り坂はないと思わなければいけない。売る技術は行き着くところまで到達し、もはや分水嶺は超えているもちろん、ヒト・モノ・カネの役割はこれからも重要である。しかし三要素だけでは時代を越せないところまできている。
だから、いまは売る技術に加えて、顧客に生涯にわたって購入いただくための技術を考案しなければいけない。企業は人的資産、商品資産、金融資産に加えて「顧客資産」を新たな経営基盤として加えないければならない。売る技術に加えて、顧客に購入いただく技術、すなわち顧客をケアする技術を確立することこそが、目の前に迫っている未経験の逓減市場を生き残る、唯一の成長戦略となる。
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