【2008.11.28配信】
ブレアコンサルティングの服部です。
金融市場が大混乱をして世界経済は困惑を極めていますが、それ以前に先進諸国では成熟化した社会を迎えていて時代は大きく曲がり角に差し掛かっていたわけです。
そこにアメリカのマネーゲーム経済が崩壊して世界的な金融危機が重なって、成熟化した国々では、生活者が一斉に生活防衛のために輪をかけた「買いすくみ状態」になって、消費を一層控えるに至りました。これが世界同時不況の原因です。
日本でも先進諸国に見られる成熟化現象に加えて、急速な勢いで突き進んでいる少子高齢化、パイが小さくなったことから生まれたイス取りゲームに似た二重格差(人間格差、地域格差)が進んでいますし、その上、後期高齢者の医療保険のことなど弱者切り捨て施策や、混乱する政治が、より未来に対する不安を招いています。首都圏に住む人たちに至っては関東大震災がいつ襲ってくるかもしれない不安を抱えていますから、生活者は一層、財布の紐をきつく締める心理状態になっているわけです。
しかし、以上に述べたことはマクロ経済の話です。
我が社は自動車業界にも仕事での係わり合いを持っていますが、調べてみると生活者はダウンサイジングを図っているのです。買い替えの時期になると一サイズ落とした車種を購入しているわけです。将来に対する不安が生活者をこうした行動に駆り立てているわけです。サイズが小さくなれば価格も下がりますから下がった部分だけ貯蓄に回そうとする考えです。
ところで企業は困難に立ち向かう手法として事業の見直しに掛かっていますが、相変わらず人員の削減から手をつけているのが実情です。
私は企業が人、物、金の基盤しか持っていないことが、困難から脱することができない最大の要因と思っています。人、物、金はすべてコストであるということに起因しているからです。
企業はコストしか持っていません。だから将来が不安になれば、生活者と同じパターン、すなわちコスト削減施策をとることになるわけです。
課題を整理して落とし込む戦略基盤が人、物、金の3要素しかないのですから、人、物、金のどれかを触らざるを得ないわけです。
金融機関は、増資という手段で資本を増強し、人員を削減してコストを下げています。企業にとって人、物、金のいずれにも含まれないITは、即座にコスト削減の対象として切り捨てられています。IT企業は生き残る手段として人を削減しながらSaaSなどのCloudという名の商品に向かっています。IT企業は顧客企業を真実にソリューション(課題解決)できるコンテンツを持たないまま器だけ、流行のSaaS構築に向かっていますから、実現しても極端な収入減に陥ります。
これまで以上に極端な人員削減をしなければならなくなるのは目に見えていますが、それがわかっていてもIT企業に関わらずすべての企業は防寒対策として表面積を削って自らの形を小さくしダウンサイジングをして放熱(出費)を控えているわけです。人、物、金しか落とし込める経営基盤を持たないことは企業にとっても、人間にとっても実に不幸なことです。
先日、顧客戦略に関するパネル討論会があってパネラーの一人として参加したのですが、事前打ち合わせ時に、私以外のもう一人のパネラーであるオリンパスの石橋氏は、社内はコストで、顧客だけが売上げと利益を実現してくれる存在という私の発言を受けて、即座に企業は消耗戦に入っているのですねと応えたことが実に印象的でした。
そうなのです。企業はもはや人、物、金を経営三要素とか戦略としてみているのではなくコストとして見ているのです。だから百貨店業界のように拡大することによって資本を強化し、品揃えを整理し、余剰人員を削減しようとなっているのです。石橋氏が言うように消耗戦に突入しているわけです。
消耗戦とは大きくなり、自らの消耗度を極力抑えながらライバルの力を消耗させることによって最後に勝利をしようとする持久戦のことですが、この競争は、実際の戦争と違って一社が勝ち残ることはできません。ライバルが倒れてもいつでも新たなライバルが出てくるからです。
企業に顧客戦略という戦略基盤を持っていたなら、いまのような困難な時期に対応の仕方は変わります。売上げと利益を生み出す唯一の存在である、顧客に対する戦略を企業が持てば、今ほどの困難が生じても企業は対応策が持てるのです。
実際のところ多くの企業が困難に立ち向かうために事業の見直しを図っています。「我が社の次世代経営戦略」などとタイトルを打ち出して講演会の講師になっている大企業の経営者も散見します。私は「次世代の経営戦略とは、縦串に顧客、人、物、金、を並列に並べ、横串に関係性とITを差して縦串を有機的につなぎ合わせる戦略」と見ています。このモデルが全体顧客戦略となり、言い換えれば次世代経営戦略になるのです。
顧客戦略はマクロの論点ではありません。顧客戦略のベースになる理論は、ワン・トゥ・ワン・マーケティングですから、顧客と関係を持ち、深めていくことからスタートします。
先述しました自動車業界の例では、顧客と継続した関係を持ち、関係を深めることによって企業が、自動車に乗っての「駆けぬける歓び」を伝えきることができれば、ダウンサイジングなど本来は起こりえる話ではないのです。
私の高校時代からの親友は、60歳で定年を迎え、子会社で5年勤務し、65歳でリタイヤをしましたが、これで人生が終わったような消極的な発言を繰り返していましたので、中古でよいからオープンカーを買ってドライブを楽しむとよいとアドバイスをしました。
彼は真面目にアドバイスを受け止めて中古のBMWZ3を購入したのです。それまでBMWなんて別世界のクルマだと彼は言っておりましたがいまは、「人生が楽しくて仕方がない。
知れば知るほどに自分の知らないことが増えてきた」と、夫婦でオープンカーに乗って近郊の名刹を訪ね、歴史探訪をしています。
彼にとって駆けぬける歓びとは人生そのものを精一杯生きることであり、それをオープンカー、しかもBMWZ3という面白く楽しいクルマを65歳にして初めて乗った歓びが、人生を駆けぬけることと重複した歓びに変えているのです。
彼はしみじみと「あやうく人生を閉じてしまうところであった。会社の定年が人生の終焉と錯覚をしていた。服部のおかげで人生はこれほど楽しいものかをこの年齢になって始めて知った。
将来への不安など自分の消極的な心が作り上げたものであることがわかった。俺は毎日を楽しく生きる。BMWではないがまさに人生を、歓びを以って駆けぬけるのだ」と語っていました。
彼にとってマクロ経済のこと、すなわち金融危機や成熟社会、少子高齢化による将来不安のことは、どうでも良い話になってしまったのだと思います。
顧客戦略は、生活者である顧客や法人である顧客企業を中心に置いて、顧客発見、顧客創造、顧客維持、顧客育成、顧客ケア、顧客再購入、顧客LTV実現までを顧客と企業とが双方向化し、仕組み化し、形式知化し、可視化し、コントロール化することであり、全社顧客戦略はこれに加えて製品改良、新製品開発までを顧客戦略に組み込み実現する戦略のことです。実は私が友人に対して行ったアドバイスも、本当は企業が実現できる顧客戦略の一環なのです。
オリンパスの石橋氏は全体顧客戦略を構築できない企業は生き残れないと論破していますが、私もまったく同感です。
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