【2010.11.05配信】
ブレアコンサルティングの服部です。
先日のこと、銀座三越に立ち寄り、紳士服フロアに直行しました。前評判がよく、ブランドの「箱」イメージを払拭した斬新なVMDであることが評判であったからです。
銀座三越は伊勢丹のノウハウを使って増床がなされたことは周知のことです。
私は初めて紳士服フロアを見て感じたことをこのメールで率直に書きます。
閃いたように感じたことは、伊勢丹のノウハウは専門店型百貨店のノウハウであることを再確認したことです。専門店は顧客の意志で自分の好きなブランドやスタイルを求めに行く店舗です。例えば以前訪問したNYのラルフローレン本店は、わざわざ階段を昇って重いドアを押さないと店内に入れません。顧客自らの意思で階段を昇り、重いドアを押すのです。
自動ドアで自動開閉をする店とは大変な違いです。
少しドアを押すとあとは頑強なドアマンがしっかりとドアを支えて開けてくれるのですが、ここで顧客は、「買う目的で来店した。だから階段を昇り、重いドアを開けたのだ」と意思表示をしたことになるのです。顧客はラルフローレンの商品やテイストを知り尽くし、コーディネート方法もわかるラルフローレンファンです。だから探している衣類コーナーへ直行し、商品を手に取ります。店員はすかさず、お手伝いすることはありますかと声を掛けます。顧客はこんな服を探しているんだとすぐに応えます。日本みたいにお声賭けをすると顧客が逃げることなどありません。顧客は初めから購入意志を店舗に示して来店しているのですから。
さて、銀座三越は顧客がブランドを分かり、あるいは知り尽くし、ファッションセンスもあって、自分でファッションを選択できる人たちにとってはまったく抵抗はないフロアだと感じました。顧客は目的のブランドに直行し、自分でスーツを選び、ついでに他のブランドのネクタイを選び、シャツを選び、靴は別のブランドで購入し、さっさと支払いを済ませるような人ならば、よくわかるフロアです。ですからこのフロアは伊勢丹新宿店「男の新館」の延長上にあるのです。
ところが、いいのがあればスーツを買おうかなと銀座三越に立ち寄り、売り場の人からあれこれと提案を受け、勧めてもらって、高価な服をぽんと購入するようないわゆる三越によくいる顧客からは、どうすれば心地よい買い物ができるのか、その入り口さえも分からないと私は直観的に感じたのです。改装前の銀座三越でふらっと立ち寄って、店員と会話をしながら商品を進められ納得してぽんと買うことをしていた顧客からは実に冷たく突き放している売り場だと思うだろうと感じました。取り付く島が見当たらないと感じたのです。
つまり、顧客が心地よく購入できて、売り場も買っていただけるために構築しなければいけない誘導力が、ここには存在していないのです。
ブランドが分かる顧客が来ればよい。わからない顧客は買わなくてよいというのが専門店のコンセプトです。分からない人に売ることはブランドにとって不必要な対話をしなければならないと専門店は考えます。自分達の商品コンセプトを理解してくれる人に支えられればよいのだとする理念を持っているのが専門店です。ブランドが顧客に合わせるのではなく、顧客がブランドの主張に合わせるのだと考えるのが専門店です。
銀座三越の紳士服フロアには、ブランドにこだわらず、よい服を、売り場からの提案を受けて購入したいとする、そして従来からそのようにして購入してきた三越ファン顧客を切り捨てている結果になっているのです。その実例があります。私の知り合いに銀座で法律事務所を経営している人がいます。彼はよく銀座三越で洋服を揃えていると聴いていたものですから、新装銀座三越で洋服を買いましたかと聴きましたら、「どう買えばよいのか買い方が分からなくなった。フロアをうろうろしたけれど買わずに帰った」と
いうのです。
なんと、ショッキングな顧客の声でしょうか。私も驚きました。買い方が分からなくなったと言うのですから。そんなことがあるのでしょうか。いえ、そんなことがあるのです。
いままで慣れ親しんだ買い方から、売り方が変わると人間はどう買ってよいのか分からなくなるのです。
CRMの観点から考えますと、顧客接点をどのように設計するか、来店から店舗へ誘導する導線設計ではなく、プロセスとしての誘導をVMDにいかに組み込むかとする設計がいかに大事なことであるかをこれらの事例から知ることができます。
顧客には購入プロセスがあります。店舗には販売プロセスがあります。
ところが銀座三越の紳士服フロアには顧客のプロセスと店舗のプロセスの交点が存在していません。
顧客のプロセスが明確であれば、顧客購入プロセスと店舗販売プロセスは一致します。
ところが、ファッションやブランドを理解しないで、売り場に立ち寄って販売員から提案を請け、勧められて自分も納得し、ぽんとお金を払うような顧客には、顧客購入プロセスと店舗販売プロセスの交点が見つからないのです。
おそらく紳士服フロアの設計を意図的につくって顧客の若返りを狙ったのだと理解しますが、私はこのケースを批判ではなく従来型VMDが転機を迎えたと感じます。
これからのVMDは顧客接点(接触時接点・非接触時接点)設計を組み込んで、顧客と売り場に架け橋を架けないとならないと思いました。同時にVMDに、顧客接点でのプロセスを進める役割があることをはじめて知りました。VMDをビジュアル的な観点で捉えるのではなく営業プロセスを進める観点で設計されなければいけないと思いました。
顧客誘導とはプロセスを進めるために誘導することに他なりません。誘導とは顧客も購入目的で来店し、購入したいわけですから自らのプロセスを持っていますし、店舗も販売したいのですから、当然ですが販売プロセスを持っています。この二つのプロセスは一致します。
「買いたい」と「売りたい」は表裏関係ですから。
ところがVMD理論とか専門店理論が先行し、結果として「どう買ったらよいか分からない」ような、VMD設計が、他の営業目的に勝るとする考え方が先行しているなら、それは誤りです。伊勢丹がノウハウとしているVMDは転機を迎えているのではないでしょうか。
伊勢丹のVMDノウハウはN・Yにあるブルーミンディールの模倣から始まったものです。
もう何十年経過しているでしょうか。冷たい、鋭角的で、黒服の女子社員や販売員が颯爽と歩く、研ぎ澄まされたフロアではなく、現代性の中にも、関係性を重視した暖かい売り場が必要になってきたのです。
CRM観点では銀座三越の紳士服フロアはフロアシナジーを進めるべきです。自社ブランド品を販売するのではなく全ショップの販売員がフロアのコンシェルジェとなって顧客の課題や希望を聞いて適切なブランドを進めるのがよいのです。
顧客の購入プロセスと店舗の販売プロセスの交点が視覚的に、だれでも見えてそこに顧客が立てば、お役に立つことはありませんかと笑顔があるような、つまり全売り場から1名ずつコンシェルジェを出して、顧客の希望を聞き適切なコンシェルジェを展開するという構想です。
日本橋三越で展開しているフロアシナジー「プチリオン」の発展した形です。
こうした考えをVMDに組み込むべきです。
百貨店はどちらかといえば富裕層を対象にした業態です。専門店は富裕層に関りなくブランドが好きなとんがった顧客をターゲットにした業態です。伊勢丹新宿店は新宿という好立地を活かした、日本唯一の高級専門店型百貨店として成功したモデルですから、とんがったままでよいのです。伊勢丹新宿店は来店客数と購入客数が近いことでも知られていますが、まさに購入目的を持って来店している顧客で占められている百貨店なのです。一方、伊勢丹新宿店以外の百貨店舗は(伊勢丹他店も含めて)来店客数と購入客数に隔たりがあり、高級専門店感覚で構築したのではマーケティングは決してうまくいかないのです。
私は実際に紳士服フロアを見て顧客接点の設計手法が明確になりました。購入意志のある来店顧客を販売プロセスに誘導する交点の設計が不可欠になったのです。伊勢丹新宿店も同様だと思います。
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