【2009.01.16配信】
ブレアコンサルティングの服部です。
1995年にドン・ペパーズ、マーサー・ロジャース共著「ワン・トゥ・ワン・マーケティング」が日本に紹介されたとき、IT業界は一斉にワン・トゥ・ワン・マーケティング時代になったとキャンペーンを張りました。おかげでワン・トゥ・ワン・マーケティングの名前だけは一気に浸透しましたが、実際にワン・トゥ・ワン・マーケティングを実現するシステムは皆目わからずにいましたから、ITベンダーはのぼり旗を掲げるだけで終わってしまいました。そのうちに情報システムを伴ったCRMやSFAがでてきて、これがワン・トゥ・ワン・マーケティングだということになってしまいました。
CRMでの優良顧客抽出方法は、なんと1930年代の顧客切り捨て分析であるRFM分析でありましたし、SFAに至ってはアメリカの在宅勤務者が本社に行う、やったことの報告業務を電子化したものでした。これまでFAXで報告をしていた日報や、案件の進ちょく報告、そして交通費などの精算業務をIT化したものがSFAです。
日本ではメーカーの経営者が飛びつきました。メーカーの経営者は営業部が月初に掲げる数値と、月末の数値との乖離に営業部はだらしが無いと言っていました。その点製造は実に良い。
品質管理も納期管理もコスト管理も決めたように進むと言っていました。
どこかのSFAベンダーが、最後の聖域を・・・というキャッチフレーズを使っていましたが、おそらくこのコピーを考えた人は、メーカーの社長から、うちの営業部はさっぱり何をやっているか分からん。営業部は聖域なのだ。製造のように営業プロセスを可視化できて中を見えるようにしなければならない」といわれたことをそのまま使ったのに違いないのです。
このようにして、SFAはワン・トゥ・ワン・マーケティングという論拠は消えてなくなり、いつの間にか、屈折して「顧客」とはまったく関係ないビジネスプロセスが可視化できるという分野に入り込んでしまったのです。
しかし、そんなやり方でも企業が受け入れていたのは、顧客政策に無関心であったのか、知識がなかったのか、成果に対して想像力が働かなかったのかという議論もありますが、ワン・トゥ・ワン・マーケティングの必要性が肌身に感じていなかったのからだと思います。ワン・トゥ・ワン・マーケティングを導入する意義も感じなかったでしょう。これまでのやり方で売上げは伸びていたからであると思います。
これまでのやり方というのは、商品中心のマスマーケティング手法を展開していたことです。
これまでのやり方で売れている以上は、新しいやり方に変える必要もなかったわけです。
ところが垂直落下というべき世界レベルでの景気後退が起きました。私に届いた今年の年賀状には不況とパラダイムシフトの記載が圧倒的に多かったのですが、だれしも新しい枠組みを作らなければこれからの時代はやっていけないと考えたと思います。
パラダイムシフトとはワン・トゥ・ワン・マーケティングが登場した時に、多くの学者が使用した言葉ですが、いまさらこの言葉がでてくる背景には、トヨタが赤字になったことも大きな一因です。トヨタの赤字はドルに対して円だけが強くて買われていることと、販売台数の減少が売上げ落ち込みのウエイトを占めているのですが、私は別の見方をしています。
それは世界同時不況が、フイルムのコマを早や送りにして見せてくれたということです。
景気は波がありますから、やがては好況に戻るでしょう。しかし少子高齢化社会は確実にパイが小さくなる社会です。その社会に日本は突入しています。
もしもこれまでの好況が続いたら日本企業は、ゆで蛙のようにじわじわと、環境の変化に気づかずに、ある日突然に手遅れ状態になったと思います。人口減少は毎日、ぽろぽろと減っていく現象ですからなかなか気づかない訳です。
顧客とダイレクトに触れ合っているいわゆるB2C企業では、すでに分かっているのですが、「顧客減少」は、もうはじまっているのです。ところが、自動車メーカーなどは製造の論理で物事を考えていますから、この変化を的確に把握できないわけです。
例えば自動車の販売台数が落ち込んでいるといいますが、販売台数を因数分解すると購入顧客数×一客平均購入頻度×一客平均購入台数になることをメーカー経営者は知っているのでしょうか。この三つの項目が昨年と比べて、あるいは過去と比べてどう変化をしているのか、あるいはこの三つの項目を移動平均法で近未来の推移を捕捉したことがあるのでしょうか。私は行っている
とは思えません。単に台数が落ち込んでいるだけでは次の一手は分からず、結果として座して結果を待っているだけで改善の手が打てないわけです。クルマの台数の中には顧客数と購入頻度とお買い上げ台数が含まれていることを知らずに自動車メーカーは台数だけを追いかけているわけです。これはメーカーばかりでなくディーラーも同じです。
トヨタはコスト削減にはKAIZENと名付けた世界で通用する名前と手法を開発しましたが(全体顧客戦略を導入していないばかりに)売上げを伸ばすKAIZENは出来ないでいるようです。
東京では12チャンネルでビジネスサテライトという番組がありますが、ここでトヨタの張会長は、司会者から需要創造をなぜしないのかと問われて、自動車開発はそんな簡単なものではないと答えていました。この人はメーカーの人だとつくづく私は感じました。製造人にありがちな営業そのものやマーケティングへの無知が、いまのように大転換期には、取り返しのつかない経営悪化を招くこともあるのです。
皆様にトライして欲しいことがあります。
A4の紙を横位置に置いてください。そして同間隔で6本の横平行線を書いてください。上から順番に1・2・3・4・5・6と番号を振ってください。3番の中央に顧客と書いて丸で囲んでください。
1番に製品開発、次に製品改良、次に製品ケアと横並びで書いてください。そしてそれぞれを丸で囲んでください。
それが終わったら5番に顧客創造、次ぎに顧客育成、次いで顧客ケアと横並びで書いてそれぞれを丸で囲んでください。
6番には、案件発掘、次に案件獲得、次いで案件ケアと横並びで書いてそれぞれを丸で囲んでください。もう少しで完成です。
3番に向かって2番中央に大きな矢印を書いて下さい。同じように5番から3番に向かって4番に矢印を書いて下さい。2番と4番に書いた二本の矢印にはそれぞれ「顧客対話」と書いてください。これで完成です。この姿が全体顧客戦略の最上位の概念図です。
全体顧客戦略のゴールは三つあります。一つは顧客との対話を通じて需要の創造と開発です。
ここには新製品の開発や改良も含まれます。二つは顧客との対話を通じてLTVの実現です。
三つは顧客対話を通じて社員が再び活き活きと仕事を始めることができることです。
この姿が新しいパラダイムです。いま皆様が書いた姿を企業として実現することがパラダイムをシフトしたことになるのです。
振り返ると高度経済成長時代初期には、人と物と金が経営資産でした。企業にインフラも整備されていない状況でしたから人のガンバリが企業を支えました。人が企業戦士と呼ばれていた時代です。顧客が商品を欲しがる時代でしたから、商品も資産でした。企業は拡大していましたからお金が資産でした。この時代に人、物、金経営という考え方が樹立され、それは何ら修正されずに今も続いているわけです。
商品も顧客も成熟化した現代社会は、企業にインフラは整備され、いつでも、どのようなシーンでも、いくらでも代わりになる社員が山のように存在する時代です。社長でさえ代わりはいくらでもいる時代です。社長が病気になっても経営にはまったく影響がでない時代です。人が人間性を持って生きられない社会になってしまいました。こうした社会では、人は粗末にされます。
なにしろ収益はコスト管理で実現する時代になったわけですから。
トヨタでは部長2200人が新車を購入する話がニュースで流れました。新社長を豊田家から迎えるというニュースがこの会社の家族主義に似た古さを象徴しています。精神論も必要ですが、部長が一人一台クルマを買い換えてもそれは一体どういう価値がそこから生まれるのでしょうか。
一時的に2200台の在庫が減少し、何がしかのお金がたった一回入金されるだけのことです。
新車に買い換えたばかりの部長はどうなるのでしょうか。これはある意味で個を犠牲にした集団主義であり、みんな揃って会社を思ってよいことをやったんだということだけです。集団行動をしたからといって免罪符を手に入れたことにはならない。それで部長職としての役目は終わらないはずです。
いつでも乾いた雑巾を絞るように、人、物、金をコストとして扱い、コストを削減することによる利益の創出が古いパラダイムとしたら、新しいパラダイムとは顧客と対話をして利益を創出する時代のことです。製造部も保守部も流通部門も、そしてもちろん営業部も、顧客と対話をすることによって顧客から信頼され、結果として製品を開発し、製品を改良し、顧客を創造し、顧客を育成し、LTVを実現する時代になります。
ここでの主人公は人間です。これまでコストであった社員は再び活き活きとして顧客の歓びを自分の歓びに置き換えて仕事を遂行して行きます。高度経済成長時代初期のように、顧客はこれで女房を重労働の選択から解放して挙げられると歓びに満ちた顔で買うための行列に並び、販売社員も最上級の笑顔を振り撒けたのは、自分の販売した洗濯機がこの人の奥さんを重労働から解放して挙げられると思う歓びがあったからに違いありません。
次のパラダイムは顧客との共感、共歓、共生、共存、共育こそがキーワードになりますが、同時に江戸から明治になったときに多くの武士階級が職を失い、家族共々海外へ移住をするなどの大変な苦難が待ち受けた時代の到来ともいえるのです。
1995年に起きたワン・トゥ・ワン・マーケティングブームが14年の時間を経過していま、ここに復活したといえます。メーカー視点から顧客視点へとは言い古された言葉ですがこれほど鮮度が残っている言葉も無いはずです。
正直に申し上げますがメーカー発想では、これからの成熟社会に成長することは困難だと思います。
このメールマガジンに「顧客との対話」が新たなキーワードとして登場しました。これまで概念に過ぎなかった「顧客との対話」とはなにかを次のメールマガジンで紐解きます。
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