【2009.07.02配信】
日本人は高い美意識を持っています。それは日本古来の様々な文化を振り返れば分かることですが、本稿は美について語るのが目的ではありません。
デフレスパイラル現象はすでに始まっています。モノの価格が次々と下がりはじめていますが、今日はその中で衣の話をします。
世界の中で、日本のクリーニング業界は非常に隆盛な時代がありました。ホームクリーニング業だけで年間需要は8千億円あったといいます。金額だけを聞けば大企業一社分にも満たない総売上高ですが、メーカー間算では5倍、流通業換算では10倍すると稼ぐ利益が相当すると言われていましたから流通業換算で8兆円ほどの利益を稼いでいた業界です。
それが今は半分以下に落ちてしまいました。その理由は衣料が安くなってきたからです。
アメリカやヨーロッパのクリーニング業が凋落した要因はニットやポリエステルなど家庭で洗える衣料の普及でしたが、当時日本では綿やウール、それも高級カシミアやシルク混紡等高級素材が国民から好かれていました。この傾向は日本人固有の美意識がさせていたと言われておりました。肌触り、手触りなどの着用感は高級天然素材に勝るものはありません。
それが今ではどうでしょうか。服はどんどんと安くなってきました。その上に海外から破格のアパレルメーカーが進出してきて、いまや頭から爪先まで全部でわずか数千円ですと安いことが売り物になってしまいました。
私は1943年生まれで、しかも人一倍、美に対する感覚が強い方なので気にしすぎるのかもしれませんが、精神的には若いと思っていますのでいろいろと挑戦〔チャレンジ〕精神にはとんでいまして、この前も新聞一面を使って肌さらさらの下着を宣伝していた低価格衣料店の広告を目ざとく見つけ、事務所の近くにあるこの店でレジの行列に並んで購入したのでした。一つは千円にやや欠ける金額です。案の定素材はポリエステルとポリウレタンで出来ていました。肌さらさらどころか、よく言えばからだにフイットして、悪く言えばへばりついて、熱はこもり、夏に着用できる下着とは思えませんでした。
私は、夏の下着といえば綿の細番手強撚糸のもので、これは薄く、軽く、汗もすぐに吸い取ってくれてさわやかで実に良いものです。一つが3千円から4千円するものですが、先の下着より十分に価値があるものです。
私の心配は、若くしてこうした破格の衣料を着ていると日本人固有の美意識は、断絶してしまうのではないかと思うことです。
最近は家で洗えるスーツの宣伝が目に留まります。
テレビでスーツのままシャワーを浴びているコマーシャルも散見します。
しかし汚れには水溶性のものと、油溶性のもの、不溶性のものがあり、さらに繊維に染み付いたシミと呼ばれるものもあります。
スーツを水で洗えば水溶性の汚れは落ちますが、食べ物の汚れなど油が絡んだ汚れは落ちません。それどころか水で洗ったあとにアイロンで熱を加えたら汚れは繊維に熱処理で固着することになり、ドライクリーニングで洗っても落ちない汚れに化学変化をしてしまいます。水は天然繊維の中に入り込んで繊維を膨潤させます。この水が抜けるときに膨潤した繊維が絡んでしまい、そのまま乾燥工程で縮みや変型が起きるのですが、家で洗ったスーツはどうしても変型してしまいます。
こんな服を平気で着られるほどに、日本人の美意識は変化を遂げて行っているのです。
話はわずかに飛びます。青森県津軽地方には「津軽こぎん」という衣料素材の技術が残っています。津軽は寒さの厳しいところですから、貧農はこぎんという技術を身につけて寒さを凌いだのですが、津軽こぎんはとてつもない美しい刺し子です。
江戸時代、津軽には木綿は取れませんでした。農民の着る物は細かく限定されていて麻布でしか衣料を作れませんでした。ところが麻布は弱く荷物を背負って歩く農民の衣料には向きませんでした。そこで刺し子で衣料を補修し、防寒も備えたこぎん刺し子の技術が農家の生活から生まれて定着をしました。
明治になって木綿着用の許しがでるとこぎんは衣料の補修と防寒だけでなく、美意識の高い刺し子として発達していきました。肌触りもよく、丈夫で、しかもデザイン的に美しいものです。
日本は不況の中にいますが、なぜ津軽こぎんが生むような意識にならないのでしょうか。
大量生産で大量消費をし、言葉で顧客を誘惑し、美意識の観点からはかけ離れた衣料を安く販売し、それに踊らされた消費者が大量に購入し、この企業を支える構図は是としても、そこからこの日本に何が生まれてくるのでしょうか。
友人が企業留学していたのですが、初めは家を貸している人が突然部屋に入ってきてあたりを見回し、指で窓の桟(さん)をこすり、汚れを見つけると掃除をきちんとしろと怒るので、妻は余計なお世話だとけんかになって閉口したというのです。
しかしその目的が、この家は480年前に私の祖先が建てた家で、私はこの家をきれいに掃除し、汚れを取り除くことでまた私の子孫に残せるのだ。だからあなたにも大事に使って欲しいのだと説明を受けたときに、家主の行った意味が理解できたというのです。
衣料の美意識を守るべき企業、それは百貨店であると思うのです。日本人の美意識を守り、育てることは百貨店の重要な使命です。
下着の対洗回数など考えたこともないのですが私は行列を並んで買った下着を一回着ただけで着ていません。例え3000円費やしても30回着用すれば一回当たりは100円で、30回もさわやかな感触を楽しめることになります。
悪貨は良貨を駆逐します。悪貨と良貨の区別がつかない民族を育てていることは、存在悪であると思いますが、皆様はどう思われますか。
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