奄美群島の有人島でハブが棲まない島は、喜界島、沖永良部島、与論島だけである。共通点は珊瑚礁の隆起でできた島であること。開発が行なわれていない予路にハブが多く棲むことは必然である。私は長い時間を掛けて奄美を知るためにハブのことを書物で調べた。奄美大島に初めて訪問したのが29歳の頃であったから、それから36年に亙って調べた知識は私の中に蓄積されている。
ハブ棒を語るにはどうしてもハブについて語らなければならない。南西諸島では自然のハブは八重山諸島に棲む先島ハブ、沖縄本島から奄美大島まで棲む本ハブとヒメハブ、トカラ列島に棲むトカラハブの四種類だが、最近になって沖縄の本ハブと奄美のハブとは遺伝子的に異なることが分かった。
沖縄には人為的に作られたハブが二種類いて、住民たちを恐怖に陥れている。一種類は沖縄県南部に棲む先島ハブと本ハブの結合で生まれたハブ。残る一種類は沖縄県名護市で台湾ハブと本ハブの結合で生まれたハブ。いずれも人間から逃げ出したものが地元のハブと繁殖を繰り返し、定着してしまっている自然界では存在しない強力な毒蛇なのだ。それぞれの特長を持ち備えているから始末が悪いそうだ。名護市に定着している台湾ハブのと結合種はハブとは思えない驚くほど敏速で本ハブの毒度を10とすると、これらのハブは13度と強いそうだ。
ハブは夜行性でねずみ、カエル、鳥、とかげなどを食べる。ねずみがサトウキビを好物とし、サトウキビ畑に多いものだからハブもねずみを追ってサトウキビ畑に入り込む。ここで人間との接点が生まれる。ねずみは家の中にある穀物を狙うから、ハブは屋敷の中に入り込む。ここでも人間との接点が生じる。
毒というのは消化液である。ハブは獲物を絞め殺すことができない。だから消化液を獲物に打ち込んで筋肉を溶かし、小さくしてから飲み込む。この消化液が強力で血清ができなかった当時、人がハブに打たれたら命を落とすか、切り落とすか、壊死で腐るしかなかった。
ハブはほとんど目が見えない。替わりに空気に混じる哺乳動物のにおいを感じ取って方向を定めることができる。そのセンサーが舌である。ハブは気温よりわずかに高い熱を持つ対象を赤外線センサーで獲物と見て飛び掛り、二本の牙で毒を打ち込む習性がある。
ハブは身長の60%70%の長さ(距離)を飛ぶことができる。360度全方位だそうだ。頭は前を向いてもいきなり真後ろにいる獲物に飛びかかれる。そこでハブ棒が長いのだ。
これだけのハブ棒がある背景にはハブが多いことと、いつ何時でもハブ棒が身近に存在する必要性があることだ。ハブを見つけた人はハブの長さから安全距離を見定め、近くにあるハブ棒の細いほうを握って太い方でハブの急所である頭を叩いて殺す。
珊瑚の塀に並んだハブ棒は町の造形になっていて、異様だが美観になっている。珊瑚の石垣を重ね合わせたすきまにも人の生命をも狙う毒蛇が棲んでいて、その危害から身を守る手段として原始的な殺戮棒が並んでいる美しい町並み。これが与路島の美なのである。ハブ棒の先が赤い色で塗られているのはデザインを重視しての話ではなく、赤く色を塗ることによって、ハブの頭を狙いやすくするためである。この風景がどこか謎めいて美しく感じるのは、風景のどこかに毒蛇が潜んでいるからである。被害者にならないためには毒蛇にとっての加害者にならなければならない。予路島の人々は、被害者と加害者の二面を持ってこの島に住む緊張感のある原始的な生き方を神々から与えられているのだ。