私は早朝の高層ビル街にいた。ふと見上げると光は弱々しくなっていた。木々の葉が黒く映るのは光のせいだ。秋はどこにでも訪れる。高層ビル街にも秋はあった。
光は色彩を変える。秋の光を浴びた色彩は、柔らかで静かでおだやかだ。影法師の長さが秋の象徴だ。早朝というのに店が開いて人々が集っている。ここはむかし小さな丘陵であった。やがてコンクリートが敷かれ煉瓦が貼られて、都市になった。その都市にも秋が訪れた。
私は熱いコーヒーを注文してテーブルに置いた。誰かと語りたかったが誰もいず、私は反対側に座ってこの風景を眺めた。誰かが席を外しているような気がした。待てば戻ってくるような気がした。誰も戻ってくるはずはなかった。昔に出逢って昔に別れた人も戻ってくるはずはなかった。近くにいる人を呼んでも来るはずはなかった。
鳩よ。掃き清められたタイルの都市に、お前に似合う安らぎがどれほどにあるというのか。秋の光はすべてをもの悲しく彩る。高層ビルの秋は光が奏でる秋だから、テラスにくつろぐすべての人に想い出は駆け巡る。きっと口にしないだけだ。そうだ、口にしないだけだ。