1月1日がやってきた。2009年の始まりである。私宛に届いた年賀状には企業のトップ達が、これから始まるだろう未曾有の不況と2009年を規定し、すでにこうべを下げているようである。
年末のテレビでは首切りを安易に行う大企業に著名な評論家が、「人をなんと心得る。人間をコスト扱いにして許せない!」と叫び、別の評論家は「人間は資産である!」と、吼えている。
何も知らない評論家たちよ。コトラーが言ったように残念ながら人、物、金はすべてコストである。人は人件費というコストであり、物は売れてこそ売上げに変わり、売上原価との差異が利益に変わるが、社内の在庫になっている間はコストである。お金はすべてコスト化する。資産は土地以外は費用化する。土地は評価益をもたらすが同時に評価損をもたらす。何も知らない著名な評論家たちよ。あなた方の発言は的を外れている。資産は費用の未使用部分である。費用となっていない部分を資産という。だから資産と言ったとたんに人はコストなのである。
いつから人はコストになってしまったのか。人、物、金経営はすべてが右肩上がりであった高度経済成長時代の遺物である。人が行列をなして商品を買い求めていた時代に人、物、金経営は正しかった。企業は人を尊び、商品を尊び、金を尊んだ。働く人々は目が輝いていた。自ら販売した電気洗濯機は主婦を重労働から解放した喜びを販売する商品であったからだ。それから50年、成熟時代になると人、物、金はコストに化した。企業はいまだに高度経済成長時代の経営方法を追いかけていたわけだ。
企業は利益を出すために人、物、金経営のコスト経営を続ける宿命にある。しかし成熟社会ではそこに顧客戦略を加えてを常に新たに、需要開拓をしなければならない。繰り返すがその基幹となる戦略こそが顧客戦略である。
「国民の英知を結集し、人々の絆(きずな)を大切にしてお互いに助け合うことによって、この困難を乗り越えることを願っています」。天皇陛下が新年を迎えるに当たってのお言葉である。
企業にはお題目としての顧客第一主義はあるが、顧客との絆を深めていく顧客戦略はない。世界的な金融危機からスタートした世界的な経済危機を乗り越えていくアドバイスともいえる天皇陛下のお言葉は、乗り越えるための本質を的確に捉えている。天皇陛下がいかに高所に立って物事を見ているか、このお言葉こそが位置の高さを物語っている。
私は事務所のすぐ近くにある安藤坂に立っている。道路の右側が安藤飛騨の守の上屋敷があったところで、戦前は安藤殿坂と呼ばれていた。左側は三井家の屋敷跡で今は文京区立第三中学校になっている。江戸時代にはこの坂を下ったところが入り江になっていて網が干してあったところから網坂とも呼ばれていたという。今は下った所に神田川が流れている。
私が道路の真中で立っていられるのはクルマが来ないことを確認できるからである。分かれば怖いことはない。先が分からないから怖いのである。
後ろを振り向くと突き当りが伝通院である。家康の母堂や千姫の墓所であるが、むかしこの寺の前に斎藤八郎が浪士を集めて高らかに宣言し、徳川家定の護衛隊として京都へ向かった出発の場所でもある。斎藤八郎はいまここに妻おれんと共に眠っている。
1月1日、クルマが通らない横断歩道を歩いて私もひそかに、しかし高らかに宣言をした。日本の企業の経営方法はもはや人々を幸せにしない。人々が目を輝かせて働くようにするためには顧客と企業が絆を深めなければいけない。顧客の喜びが自分の喜びとなるような経営手法を組み入れなければいけない。顧客戦略を企業に浸透させることが私しかできない使命であると。