6月14日、私はハンドルを握り一人で軽井沢へ向かった。ジャムの沢屋が経営する森の中のレストラン「こどう」で、11時半に知友と会って食事をする予定であった。早く着いたので南が丘を一人で散策した。南が丘にはたくさんの「やまぼうし」が、白い花をつけていた。この樹は背が伸びて巨木になる。秋にはさくらんぼうのような赤い実をつける。いつも追いかけているいくつかの木々をみていると、ふと足元から白い蝶が飛び立った。
「ウスバシロ蝶」であった。私は中学から大学時代まで蝶を本格的に集めていた。例えば松本駅から新島々駅まで島々電鉄に乗って、そこからは徒歩で徳合峠に向かって島々沢を沢伝いに歩き、峠を越すと蝶が岳や常念に向かって北アルプスを縦走して蝶を採集していた。もちろんテントと食料を担いで一人旅である。
ウスバシロはアゲハチョウの一種で日本には三種類、このウスバシロと、形が小さいヒメウスバシロと、大雪山に住む特別天然記念物のウスバキがいる。ドクトルマンボウ昆虫記を読んだ人なら誰でも知っている詩人ホメロスがオデッセイを詩って息を引き取るとそこから一頭の蝶が飛び立ったという件(くだり)がある。この蝶がアポロである。ウスバシロと同じ種類でパルナシウス族になる。
私はパルナシウスが好きでとにかく追いかけ続けた。仲間と蝶の交換でパルナシウスアポロ蝶も幾頭も手に入れ、唯一無二の宝物のように大切にして、いまだに持っている。だから足元からウスバシロが飛び立った瞬間、私はパルナシウス固有の飛び方からウスバシロとすぐに分かった。
私が若き頃、蝶を集めたことが、いまここで再びつながったのである。もう私は無益な殺生をしない。蝶の飛ぶ姿を見て心を震わせて楽しめばそれでよい。なによりもうれしかったのは昔と今に再接点があったことである。もしも蝶に若き頃から関心がなかったら、40数年を経て再び軽井沢でウスバシロと出会った感動は生まれなかったのだ。
私は思わず「ウスバシロだ」と叫んだ。時を超えて少年の時に戻ったようだ。ウスバシロは太陽の光を身体中に受けるように羽根を広げて草むらにいる。私の足音で飛び立ったのであろう。空を見ると無数のウスバシロが乱舞しているではないか。
この森でウスバシロは乱舞していた。今日のためにあの日のことがあったのだ。私はまた自分勝手な情念に支配された。けれでもうれしかった。時間が早いので知友をこの森に招いた。私は駆けつけた知友とこの森で話をした。
11時半になった。「こどうに行って昼食を取ろう」。私は知友をこどうに誘った。それから2時間も話をした。時間は足りなかったが画家が私の来るのを待っている。1時半に行きますと言って、時計を見るとちょうどその時間であった。私は知友と別れ、18号バイパスを追分方向に進み、18号から浅間サンラインをさらに西下し、新家を右折して画家の住む山間の集落へ向かった。途中で山から真っ黒な雲が降りてきた。これは荒れるぞと私は瞬間に思った。