最近、一日に何度も胸に痛みが走っていた。私にとっての森羅万象は私の健康なる肉体上に存在する。私は日曜日に事務所から病院へ電話を入れて、胸が時折痛いので検査をして欲しいと頼んだ。当直の医師はすぐにきてくれという。私はノートPCと、校正中の原稿を鞄に押し込んでそのまま二泊三日の検査入院をした。
検査というのは動脈にカテーテルを入れて心臓冠動脈を撮影し、狭窄がないかを調べるものだ。この検査は狭窄がみつからなければ30分で終わる。しかし事前準備と術後の事後検査があるので二泊もしなければならない。ものすごい安全率を見ての二泊であると踏んでいる。私は部屋で校正作業を終了し、かつ次の単行本原稿を20枚ほど書いた。至れり尽くせりのサービスで快適に入院生活は終わった。ついでに仕事もかなり進んだ。
退院すると事務所へ直行し二日分のメールを読んで、急ぎのメールに返事を書いてから湯島の羽黒洞で開かれている個展「永田力の世界」に駆けつけた。私が一番好きな画伯が開く16年ぶりの個展である。画廊の主は私の顔を見るとすぐに画伯と電話をつないでくれた。声も心も頭のよさも以前のままである。85歳になると言ったが、青年のままである。私は画伯が絶頂期であった70年代に描いたペン画を4点買い求めた。一つは「ねぎ猫」、二つは「THE長崎」、三つは「馬のシェフ」、四つは「蟻の沼渡り」。タイトルは私が勝手につけた。すべてが生涯の宝物になった。私は好きな画伯と会わなくても、この絵のおかげでいつでも画伯と一緒に暮らすことができる。こんな歓びはできるものではない。
「この看板は先生に書いてもらったのです」と画廊主人は語った。もう閉店の時間は過ぎて看板はなかに仕舞ってあった。私はカメラを取り出し、看板の撮影をした。
私は画廊主人に永田画伯と沖縄へ行った20年前の写真を見せた。画伯が65歳の写真である。画廊主人は「本当に若いころの写真ですね。と言った。私にとっては去年の年齢である。画廊主人はお嬢さんに「ねえ見てご覧。永田先生、こんなにお若いよ」と写真を渡した。「あら!本当にお若いわね」と画廊女主人の娘がつくづく感心して写真を眺めた。
この週はいくつもの提案と、講演会の資料作りと、指導先への訪問があった。私が代表世話人を勤めているカスタマープリンシプル協議会の会員勉強会もあった。夜7時から9時までの勉強会だが、自動車メーカー、大手生保、損保、光学器械メーカー、有名アパレルメーカー、大手システムインテグレーター、大手旅行会社、大手広告代理店などから参加者が集まった。会議は白熱し、夜の10時過ぎまで及んだ。それに知友と会うスケジュールもいくつもあった。PHP研究所の編集者とも打ち合わせが入った。
今日は週が開けて日曜日。5連休の二日目である。私は事務所に出て、某メーカーの会長と社長に提案する内容を固めている。休み明けの木曜日は、午後から大企業の執行役員と営業プロセスの改革について会談をする手はずとなっている。こうして5連休にもかかわらず連続して仕事をしているのは皆、二泊三日の小旅行が突然に入ったがために押せ押せになってしまった結果だ。
テレビでは高速道路の渋滞情報をことのほか取り上げて騒いでいる。高速道路無料化になったらCO2はどうなるのかと言っている。家人は私に鼎の軽重を問えと言っている。昼食を食べに出るような気分でそんな重たい検査入院をしないでくれと言っている。あなたには重いものと軽いものの区別がつかないと言っている。
振り返ると忙しい一週間であったが、健康を確認でき、前から欲しくてたまらなかった永田画伯が絶頂期時代のペン画を入手できた。そのうえたくさんの人たちと会うことができた。さらにこれから会う人にもアポができた。仕事も進んだしうれしい日が続いた一週間でもあった。