地球は楕円を描いて公転をしている。人間がトラックを走って速度を測るわけではないから起点はない。あると言うならたったいまが起点だ。起点の連続で公転していることになる。
1月1日はカレンダーでみると2011年の起点に当たる。農業に暦が必要だから暦は使用的習慣となり人類文化となった。ビジネスでも暦は必要だ。ありとある職業で、暦は不可欠の存在となっている。
暦は時間を定める人類の共有情報だ。それでは空間を定める共有情報は存在するのか。ある。それは場所の概念だ。GPS情報が正しく空間の位置を定めてくれる。建造物は空間物であっても時間を超越しない。建造物は時間的存在者の手で破壊することができるからだ。
GPS情報は時空を超えて存在し、地球的な大異変が起きない限り変化しない。けれども人が日常的には場所が具体性ある空間的位置として共有情報化する。
思考は、内なる存在である間は共有できないが、外に発信すると座標軸をつくって思考の整理をすることで思考は客観性を持った座標軸の中で定位置を占めることができる。これが客観化だ。
誘導は極めて私意性が強い概念だが対象の自己選択で選んだことなら誘導する側の私意性は消える。
こんなことを考え続けていると突然執筆情報として光り輝くものに触れ当たる。すると居ても立っても居られなくなって私は今日、元旦も仕事場に駆けつけて校正原稿に新たな視点での赤筆が加わると言うわけだ。