人には二つの国がある。
一つは、生まれ育ったふるさとの山や川、先祖から続いた田畑、鳥や蝶、草木、村の人たち、親戚、家族、自分、それに祭りとか、地域の名産品、食べ物飲み物を含めて、まとめて国という。
海外に例え1週間でも行っていると日本に戻ったら美味い寿司を食べたいと思うのも、後ろには国がある。
二つは時の政府と行政機関がつくった国である。
私は一つ目の国を信じるけれど、二つ目の国は信用ならないと思っている。時の政府や行政は恣意的で意図的な宗教教団のようなものだからだ。ふるさとの山や川は変わらないが、政府や行政がつくり上げた国家は、時と共に変わるからである。
今月17日、ローマ法王庁は子どもへの性的虐待が原因で2011~12両年に教会から解任処分などを受けた聖職者は384人に達したと明らかにした。バチカンのチャールズ・シクルナ司教が発表した。
古代中国の詩 「春望」は、中国の詩聖と呼ばれた杜甫の作だが日本人の多くが知っている。
國破れて 山河在り
城春にして 草木深し
時に感じて 花にも涙を濺ぎ
別れを恨んで 鳥にも心を驚かす
峰火 三月に連なり
家書 萬金に抵る
白頭掻いて 更に短かし
渾べて簪に 勝えざらんと欲す