11月30日、車検に出したクルマの代車としてBMW235クーペを借り受けた。昼下がりの午後、私は一人で軽井沢へ出かけた。このBMWは楽しかった。剛性が強くバランスが特別に良かった。FRにこだわり、前後50:50の重量配分にこだわっているBMWの真骨頂というべき車種であった。1460kgの軽重量に326HPのシルキー6ツインターボエンジンを積み、45.9kgmのトルクを発生する235クーペがおもしろくないはずがない。高速走行での安定感の良さは抜群で久々に運転を愉しんだ。
横川から軽井沢の友だちに電話を掛けた。アポを取り付けてクルマを走らせ軽井沢についたよと駅前から連絡をしたら「え。うそでしょう」と驚いた。着いたことが事実だと分かってから「それではさっきの横川っていうのがウソだったんでしょう?」と訊いてきた。それほど愉しいクルマであった。
もう2時半であった。知友に「ランチは食べたの?」と尋ねたら、「これからです」と答えた。しかしどの店だってランチは午後2時で終わっているはずだ。いくつかの店を訪ねたがやはり終わっていた。
やっているとすれば万平ホテルしかないねと、私はクルマを旧軽井沢へ向けた。
いつ雪が降ってきてもおかしくない空であった。
ジョンレノンが愛した喫茶ルームでナンカレーを食べながら話し込んでいるうち、いつの間にか外は霧が忍び込んでいた。天気予報を見ると12月第一週には寒気団が降りてきて軽井沢は雪が降るようであった。
知友はスマホを差し出した。「昨日撮った浅間山」。スマホには山麓まで真っ白になった浅間山が映っていた。「ここまでくると次は軽井沢の番」。彼女はそういって笑った。
知友は遠くを見つめてつぶやいた。
「やだなあ。また寒い冬が来る・・・・・・」。
霧はさらに深くなって遠くの風景を乳白な色の中に閉じ込めた。
霧は夜の帳の中にも忍び込んでいた。ジャムの沢屋が経営するレストランこどーへ渡る橋も途中から霧に隠れていた。
「服部さん。碓氷軽井沢インターまで山の中は濃霧だと思う。センターラインも見えないことがあるから気を付けてください」と知友は私を見送った。
たしかにその通りになった。レーンを踏み外すとハンドルに振動を与えて注意を促す安全機能が付いているおかげで、時折すれ違う対向車との車間距離を気遣うこともなく、無事インターチェンジについた。
235クーペの剛性の高さ、バランス性の良さが幸いしてまったく疲れなかった。いますぐ軽井沢へ戻れるくらいの元気が残っていた。
けれども夏タイヤしか持たない我が335を、冬になってしまった軽井沢は受けつけない。
昨夜、軽井沢からメールが届いた。
「あれからすぐに初雪があり、軽井沢はまた寒い冬になりました。次にお越しくださるのは来年の4月ですね」
「軽井沢は2か月の春と、2か月の夏と、2か月の秋と、6か月間の冬ですね」と私は返事をした。
その夜、youtubeで早春賦を聴いた。
安曇野の冬に春を待ち続けても春は遠くにあると唄った美しい曲だ。その夜、やだなあ。また寒い冬が来るとつぶやいた知友の声が耳の奥から聞こえてきたか空耳であったかどうかはどうかは定かではない。
早春賦 作詞吉丸一昌
春は名のみの風の寒さや
谷の鴬 歌は思えど
時にあらずと声も立てず
時にあらずと声も立てず
氷解け去り葦は角ぐむ
さては時ぞと思うあやにく
今日もきのうも雪の空
今日もきのうも雪の空
春と聞かねば知らでありしを
聞けば急かるる胸の思いを
いかにせよとのこの頃か
いかにせよとのこの頃か