私には複数の親しい友人がいる。気心が通じるだけでなく双方向で理解しあえて、家族のことも知っていて、長い時間を掛けて親しくなっていった友人たちである。
皆が、私より20歳以上も若いのだが、年齢のことなど誰一人気にしている人はいない。共通していることは、人生を前向きにとらえ、いつでも前進しようとしているところである。それにだれもが勉強好きである。だから私にとっては友人ではなく人生を共にする盟友と言える。
その一人、鈴木一正氏が処女作「タンスの中まで知る 伝説のONE TO ONEマーケティング」を出版することになった。
伝統的な百貨店三越に勤務していた鈴木氏は、三越が江戸時代から培ってきた得意先営業について、人心の変化により社内から消え去ることを愁えていた。
お客さまに対する心づかいは変らないと思い至ったところから、厳然と三越を昨年退社した。
そして改めて有名大学の大学院に入学し、戦略経営を学び直す一方、、自身が担当していた三越日本橋本店の得意先営業部門の業務に関して、歴史を遡って客観的に調査し直す作業を始めた。
私は鈴木氏に、真意はなぜかと問いかけたら、「地方百貨店が経営に苦しんでる。ここには多くの仲間が仕事をしている。きっと将来が不安であろうと思う。多くの百貨店が富裕層ビジネスに着手しようと考えている。だが具体的な行動が分からないのであろう。そこで自分は得意先営業を導入して新たな売上げをつくり上げていく支援をして行こうと思い至った」と、答えを返した。
鈴木氏は、図書館に通い、江戸時代からの三越に関する新聞や雑誌記事を集め、時系列にまとめ上げた。
そのような努力を繰り返し個人の知見を重ねて集大成した本が、発売になるのである。
私と鈴木氏の出会いは2002年に遡る。「そのお客さまをつなぎ止めろ」と言うタイトルの本をダイヤモンド社から上梓したことが縁で、鈴木氏が私のオフイスに訪ねてくれた。それから、三越とビジネスが長く続いた。
日本橋を中心とした仕事であっが、地方の三越にも何度も行った。北から、札幌、仙台、新潟、千葉、銀座、池袋、恵比寿、横浜、名古屋、大阪、倉敷、広島、福岡、鹿児島、沖縄と、思い出すだけでこんなに多くの館に訪問したことになる。仙台もよく通ったし、沖縄は毎月2年半も通った。私の横にはいつも鈴木氏がいた。
鈴木氏は、いつでも反骨性に富み、弱い者の味方をしていた。鈴木氏は、三越労働組合の委員長だけではなく、全国百貨店労働組合連合組織の委員長も担っていた。だからいまでも、地方百貨店で働く仲間たちを案じ、自らの人生を再選択したのである。
鈴木氏と私は酒飲み友達でもある。彼は安い酒でも普通に飲む。だが、高級な酒やワインについても飲み込んでいる。三越時代に、得意先営業の顧客は、日本を代表する方たちも多い。自宅に招かれてワインをごちそうになることもある。富裕層の人たちはこうして人の品定めを行う。顧客のワイン知識より半歩先にいなければすぐに見抜かれ顧客から相手にされなくなる。
だから鈴木氏はワインのことだけでなく、高級時計、宝石類、絵画や陶器など美術品もとても詳しい。そんな話は仕事上のことと普段は一切、そんなうんちくを語らない。普段の鈴木氏の目は、いつでも弱い人の味方である。
「自宅の駅近くにある百貨店に、とても良いチーズを売るショップがあって、販売員さんは一生懸命に館内を歩く人たちにチーズをつまようじに刺して薦めているんだけど、高いチーズをわかるほどチーズ食文化は日本には出来上がっていないんです。本当に一生懸命やっているんで、励ましてあげたくて18カ月熟成のミモレとシダーチーズを買ってきました」と、ポリ袋に入ったチーズを手に持ち、オフイスに来て顔を見せてくれる。
そんな鈴木氏が、本を上梓した。もうAmazonで予約を開始している。こんなうれしいことはない。鈴木氏の思いが叶って地方百貨店が得意先営業部門を充実できることを願っている。
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