好きな絵は手放してはいけない。手放したりすると、心の中にぽっかりと黒い穴が空く。絵画のコレクターには、こんな掟があるが、僕は知らなかったわけではない。
それでも僕は、増田常徳画伯の手品師を、掟を破って南西諸島の高等学校に寄贈してしまった。掟通り、僕の胸の中に黒い穴ができてしまった。
季節が変わっても、僕の胸の中にある黒い穴は移り変わらなかった。
たった今オークションに出品されている「薔薇の道化」15号だ。
今宵死す身でも薔薇の道化を買うのか。
薔薇の道化は、僕にそう語っている。
増田常徳画伯には、二度お会いしたことがある。
僕は薔薇の道化を真正面から向き合えないかもしれない。少しの隙も許してくれないかもしれない。
僕は、薔薇の道化を知っている。僕の胸の中に黒い穴をつくった道化だ。
今宵死ぬことを恐れてはいない。薔薇の道化前に立ちすくむことを恐れてはいない。