私の友人は、人生の新しいステージを迎えて、未来に対する大きな夢と希望と同時に、新世界にチャレンジする一抹の不安もありました。
私は彼にアップル社の創業者でCEO、ジョブズの、「スタンフォード大学伝説のスピーチ」をネットから探し出してコピーを手渡しました。彼は目を通し、後でゆっくり読みますとテーブルのうえにポンと置きました。ほとんど関心を示さなかったのです。
そこで、iPadをだしてジョブズのスピーチをyoutubeで見てもらいました。そのサイトは、動画の下に翻訳した日本語バージョンが掲載されています。ですから英語がわからない人でも、ジョブズの声を聴きながら、スピーチの内容を読むことができます。
iPadに流れている文章は、今しがた彼に手渡したものと同一です。それなのに彼は真剣なまなざしで、文字を読み、流れるジョブズの声に聴きいっていたのです。
スピーチが終わりますと、彼はiPadを手元に引き寄せて、両手で包むようにしてもう一度最初から、ジョブズのスピーチを聴き始めました。私の存在などまったく感じなかったのかも知れません。iPadを抱え込んで目も耳も、そして自分の心さえもiPadに集中していることは私にも伝わってきました
どうしたことでしょうか。やがて彼の瞳から大粒の涙が流れ出したのです。
画像の力強さをここに見ることができます。紙で渡したジョブズの原稿は、ほとんど無視しましたが、ジョブズの声を聴きながら読んだ、ポンと投げた同じ原稿に、今度は涙を流したのです。
ただ、このシーンを「彼は感動して涙を流した」と考えて終わってしまってはいけません。彼はジョブズの声を聴きながら、心を動かしたのです。
彼はジョブズの話を聴いて、心を動かし、未来のことは点をつなげることはできないのだから、いまを前に向かって進むしかないと、心に決めたのです。彼がお客様とし、私が営業員だとすると、紙の資料を見せても心を動かさなかったお客様が、iPadで見せたことによって、心を動かし、プロセスが一つ進んだのです。
そのあと、彼は意外な行動をとります。先ほどポンとテーブルに投げるようにしておいたジョブズの原稿を手にとって読み始め、「いいこというなあ。なるほどなあ」ってつぶやいたのです。
営業活動とは、顧客の心を動かすことにほかありません。これまで日本の営業は、言葉と実機見学などで、顧客の心を動かしていましたが、顧客の心を動かす強力な手段「iPad」を手に入れたのです。
NHK朝のテレビ小説「おひさま」がすごい人気ですね。井上真央の目力(めぢから)演技がうまいです。この番組は視聴者を泣かせるようにつくっています。脚本と音楽によって実現しているのです。私は日本中のおひさまファンが演出に乗せられて涙を流している姿を異常だと思います。ビジネスで使うiPadに、こんな演出が組み込まれていたら、顧客はやがて見破るでしょうね。
作曲家の久石譲氏は、音楽効果でお涙をつくる演出は、気持ちが悪いと言った一人です。私は同感します。
ジョブズのスピーチを聴いた人が、素直に感動をするのは脚色がない事実の話だからです。ジョブズが語った3つのテーマのうち、一つは点と点をつなぐ話、二つは愛と敗北にまつわる話、そして三つは死に関する話です。これらはすべてジョブズの体験談です。
プレゼンテーションが上手なジョブズによって、話は見事に整理されていますが、誰にでも通じる普遍性を持った内容です。
そして、「だから皆さん、人は必ず死ぬのだから未来を恐れず自分の好きなことをやりなさい」と語ります。「そのためにはいつでいつでもバカでいなさい、いつでもハングリー精神でいなさいと」と締めくくります。
バカでいなさいとは、過去の成功や、自分の経験談で脳みそを一杯にしてしまってはいけない。脳にいつでも新しいものが入るような状態にしておきなさい、常に創造的でありなさいという意味です。そのためにはいつでもハングリーでなければいけない。脳を満足させてはいけないよという意味です。そう生きてつかんだジョブズの成功が後ろに光っています。
このスピーチが、世界中で感動を受けているのは上記の理由です。ジョブズのスピーチには普遍性と同時に客観性を見てとれます。
もはや人為的につくられたもの、売り込まれたものに人は見向きをしません。顧客はすべて自分の意志で選択し、自分の決断で商品を選んでいます。ネットビジネスが革命をもたらしたわけです。
iPadは、ジョブズによってつくられたものです。この素晴らしいアイディアは、ビジネスでも有効的に使わなければいけません。ところが、日本企業の現実は売り込み情報をiPadに入れることしか考えていないようです。顧客は売り込み情報を見続けません。やがてこうした考え方は消えてなくなると思いますが、それは誰かによって成功事例を作らなければ理解されません。私はその一助を担うことができればと思う今日このごろです。