春は来ている。今日は雨で寒いがそれでもどこかに春の香りがしている。チンチョウゲはひっそり隠れて春を教えてくれるし、コンクリートだらけの都会にも梅の花が咲く場所は残っていて春の訪れを教えてくれる。奄美大島のの早い春を染めた緋寒桜はもうとっくに散ってしまっている。あと三週間もすれば東京は桜が開花する。桃の花も開花する。
私は机に向かって原稿を書いている。日本の経営パラダイムは壊れてしまっている。一貫して追い求めてきた露骨な経済合理主義は人を幸せにしてこなかった。一億総中流意識はどこへいってしまったのか。貧困率世界第2位、自殺者数欧米先進諸国比較第1位。世界比較第9位は、日本の人々が経済最優先で突進して得た悪しき勲章である。
次の経営パラダイムは人間との関係性に価値を求めたものにしなければならないと信じている。だから私は羅針盤を失って慌てふためいている人々のために新しいパラダイムの姿を書き記している。3月中には終えて、なじみの出版社に連絡をとろうと思っている。
パソコンに向かいながら時折り、筆休めに私は新緑の軽井沢へ心を遊ばせている。標高1000メートルの高原が春を迎えるのにはあと3ヶ月を待たなければいけない。高原の春は一斉に花を咲かせ、鳥を鳴かせ、山に降った雪は清流となって軽井沢を流れる川を満たし、冬の間中耐えて地中に湛えていた春を繰り広げてみせる。
私の書いた本が困惑している日本の企業にどのくらい役立つのか私は知らない。それよりも豊饒なる自然の中に還って静かな豊かさの中で暮らせと耳元で囁く声がする。週末もなく、睡眠時間も切り削りながら執筆を続けている私の耳元で囁く声の主は死んだ両親か師か、あるいは神か悪魔か、私にはわからない。私はこれまでの人生でたくさんあった分岐の片方を選び、残る道を切り捨てて到達した道にいるのだからこの道を歩むしかない。遅々として進まない文章を前にして、それでも私は駆けぬける歓びの真っ只中にいる。