泰さんに、冬のハイビスカスはどのような意味を持って咲くのかを問うた。季節を外れて咲くだけの花なのか、冬に咲く意味を与えられているのかを問うた。泰さんは分からないと答えた。亜熱帯の島奄美では、冬に咲く花は限定されているから、神様が残り花を咲かせてくれているのかもしれませんといった。
ハイビスカスは、真夏の太陽を浴びてこそ美しい。北風が吹く冬の空にはどう考えてもお似合いではない。ふと柴山全慶師の花は語らずの一節が思い浮かんだ。一時一処にこの世のすべてを託しているというくだりだ。私は手塚治虫の思想に強く影響を受けている。だから寒い空に咲くハイビスカスにはそれなりの役割が与えられていると考えてしまうのだ。
泰さんは、それなら冬に美しいトックリキワタの花を見に行きましょう。この樹は大きくなるとおなかが出るように樹の幹が膨らんできて、徳利のようなのです。それにタネには綿のような毛が付いているものですからトックリキワタというおかしな名前になったようですよ、と言った。
私はこの花をどこかで見たことがあると思った。たしか、スペインのはずであった。マドリードの空港に降りると亜熱帯特有の匂いがしてきた。その延長線上にこの大柄なピンクの花がつながった。まるでピカソのような姿かたちに似た花だと思った。トックリキワタも先に花が咲いて、花が終わり始めてから葉がでてくる。
奄美は冬にもこれほど美しい花を咲かせるのですね。私は感嘆して花の下に立った。この花は冬空が似合った。冬に咲くハイビスカスのように、遅れ花のうら寂しい気配はなかった。空が青かったらもっときれいですよ。泰さんはそう言ってからあと50日もすれば、服部さんの誕生日ころには奄美は桜が満開になっていますよ。またそのころにいらっしゃいと話を桜に転じた。かつて本茶峠の桜を見るために私は奄美を訪ね、泰さんと二人で本茶峠を歩いた。田中一村が毎日散歩をしたという本茶峠である。
奄美は次々と美しい花が咲きますね。私は言葉を返した。実際にそうであった。奄美は花の島でもあった。決して寒くはないが亜熱帯特有の北風が吹く冬の花景色を愛でた。この北風が止んだら、海も穏やかになり、季節は春を迎える。それまでは冬の花景を楽しみましょう。そう泰さんに言ったかどうかは定かではない。私は徳利木綿の花を忘れないように心に刻んだ。