この日 、この森にはうすばしろ蝶が乱舞していた。私はうれしくなって見とれていた。氷河期の生き残りと言われているこの蝶はパルナシウス族と呼ばれるあげは蝶科に属している。ふと一頭が山蕗(やまふき)の葉に止まって翅を休めた。
私は近づいてシャッターを切った。よく見ると翅が伸びきっていない羽化したての個体であった。私は近くに食草があると瞬間的に察知した。しかしムラサキケマンがどのような草か見たことがない。それにこの森は草刈機が入っている。
この森に一緒にいる鈴木美津子さんにムラサキケマンを訪ねたら、私の土地に群生していますから差し上げますと返事があった。その鈴木さんが足元を見て、これがムラサキケマンよと叫んだ。ここにもある。ここにもある。うすばしろ蝶が舞う森にムラサキケマンがあったのだ。
ムラサキケマンは毒草である。食べると時に心臓麻痺を起こす。この毒草を食べることでうすばしろ蝶は毒蝶になる。自らが毒を食し毒蝶に身を変えることで鳥から身を守る。鳥は毒蝶を食べることで自らが死ぬことをDNAに刻んでいる。
うすばしろ蝶は ムラサキケマンの近くにある石に産卵をする。ムラサキケマンはまもなく枯れて姿を消すが越年草でまた翌年に生えてくる。だから食草に産卵したら卵は地に落ちて腐乱してしまうことを知っている。だから雪に埋もれても枯れることがない石に産卵をする。
私は中学生から大学生に至るまで蝶を本格的に採集していた。その経験が45年後に再び接点となった。過去と未来がつながったのだ。至極の時とはこのことをいうのだ。