恋焦がれていた私の気持ちを察しているかのように、曇り空が切れて日差しが戻った一瞬に、足元から一頭の白い蝶が舞い上がった。もう今年は会うことは出来ないと思っていたうすばしろ蝶が最期の力を絞って姿を見せてくれた瞬間であった。
大げさではない。5月に姿を見せるこの蝶は、蝶の研究者でも7月5日が見かけた記録に残る最終日である。右のハネはボロボロになっていて、死期は近づいている。
曇天では大地に横たわって飛ぶことのないこの蝶は、一瞬、太陽の光を浴びて本能的に舞い上がったのだと思う。そこに今年はもう会えないだろうと思いながら、この地を訪れた私と交点が出来た。
舞い飛んだこの蝶はオスである。もう仲間はほとんど姿を消している。しかし幼虫が食べる食草の近くにある石に、たくさんの卵が産み付けられている。子孫を残す役割を終えた成虫は、最期の時を待っている。
食草「ムラサキケマン」は健在である。また君の子どもたちと来年も会えるようにこの地に戻ってくるからね。私は心でそう伝えた。
この日、南が丘や泉の里は静かであった。私は然林庵へ行ってコーヒーを飲み、iPadを使って友からのメールを読み、メールを書いた。顧客は私以外はいなかった。デッキで時折吹いてくるさわやかな風に当たりながら久しぶりに、こんな豊かな時を過ごした。
思えば昨年の初冬から、この地を訪れることはなかった。週末執筆に追いかけられざっと原稿用紙千枚は書いたと思う。毎週、執筆が待っていた。まだ仕事は終わっていない。でもあえて軽井沢へ来たのは、自分の意思を確認する意味もあった。
「ああ、軽井沢へ帰ってきた」と身も心も思ったなら、私は急ごう。そう思わなかったら仕事を優先しよう。その確認をしたかった。
結果は仕事を優先することになった。それほどにいま準備をしている仕事は私を魅了していた。
私の集大成でありながら、私の専門分野を変えていく、もっといえば企業の営業活動そのものを変えていく新しい可能性を持っていた。
それから、万平ホテルで知人と会うためにクルマを向けたが、駐車場は満杯であった。このホテルは観光名所になっていた。別荘地の静けさとは違って、観光地旧軽井沢は自転車で走り回る観光客で占領されていた。
戻ってから夜、中島みゆきの「地上の星」を、iPadで聴いた。蝶も人間も地上の星だ。この星のうえに一瞬に輝く地上の星だ。
生まれ、生きて、人を生かし、人から生かされ、見守られることもなく、皆どこかへ消えていく名もない地上の星たちだ。自分たちは姿を消すが、命は確実に次の世代に引き継がれている。私は聴きながらそんなことを思っていた。
地上の星 作詞、作曲:中島みゆき
1.
風の中のすばる
砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく
草原のペガサス
街角のヴィーナス
みんな何処へ行った 見守られることもなく
地上にある星を誰も覚えていない
人は空ばかり見てる
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう
2.
崖の上のジュピター
水底のシリウス
みんな何処へ行った 見守られることもなく
名立たるものを追って 輝くものを追って
人は氷ばかり掴む
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう
3.
名立たるものを追って 輝くものを追って
人は氷ばかり掴む
風の中のすばる
砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく
つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を
つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう