忘れてはならないことは語り継がなければならない。戦争の悲惨さは語り継がなければならない。人は忘れる存在だからだ。それどころか、そのような事実があったのかさえも時間は忘却の彼方に押し流す。
敗戦記念日にアナウンサーが街に出てギャルに、むかし日本とアメリカが戦争をやったって知っています?と、訊いたら「ウソー」という子が大勢いた。忘れるから伝えない。だから悲惨なできごとは語り継がなければいけない。
津波被害の地に、家を建てるか、別の場所に移転して新たな街をつくるのかの議論が始まっている。
いままで住んだ場所に建てたいと願う被災者もいる。ここを離れたくないと懇願する人もいる。
土地への愛着がそうさせている。
最後には何の意味も持たなくなるものへの愛着心が、手放したくないと願う。人の最後には意味を持たない愛着心が、人間を縛る。
伝える人は、人間の心の変化をも伝えるべきだ。悲惨な体験をした人間が、過去を乗り越えどう明日に向かって生きていくか、そこを伝えるべきだ。
そのためには伝えるべきものを冷徹に突き放さなければいけない。小説家のような目で、伝えるべきことを見極めなければいけない。そうして自分の情念を消し去った形にして伝えたものは万人の共感を得る。
人は忘れる存在だ。忘れなければ前進できない存在だからだ。