軽井沢植物園は、山の斜面を使った自然植物園だ。6月28日、季節は花の端境期であった、春の花は終わりに近く、夏の花は始まりになっていなかった。
軽井沢の植物は浅間山の噴火と大きく関わっている。噴火の影響が少ない碓氷峠近くの森林はブナ、ミズナラ帯に入っている。そのほかの地域は1000種に及ぶ多様な植物相になっている。
この黄花はニッコウキスゲだ。軽井沢にはとても似た花のゆうすげが咲いている。両方の花を知らなければ区別はつかないほどそっくりだが、花を朝に開いて夕方に閉じるすげがニッコウキスゲだ。ゆうすげは夕方に花を開いて、朝に閉じる。
詩人立原道造は、軽井沢に咲くキスゲの花にゆうすげという美しい名前を与えた。
ゆうすげびと
立原道造
かなしみではなかった日のながれる雲の下に
僕はあなたの口にする言葉をおぼえた
それはひとつの花の名であった
それは黄いろの淡いあはい花だった
僕はなんにも知ってはゐなかった
なにかを知りたく うっとりしてゐた
そしてときどき思ふのだが 一体なにを
だれを待ってゐるのだらうかと
昨日の風に鳴っていた 林を透いた青空に
かうばしい さびしい光のまんなかに
あの叢(くさむら)に 咲いていた・・・・・さうしてけふもその花は
思いなしだか 悔いのやうに――
しかし僕は老いすぎた 若い身空で
あなたを悔いなく去らせたほどに!
いつもの森でうすばしろ蝶が衰えていく姿を哀しい気持ちで眺めていた。鱗粉は落ち、風に吹かれて倒れる姿は、哀れ蝶であった。私は諳んじているゆうすげびとを口にした。季節という言葉を借りて時は進んでいる。