オフィスにアネモネの花を挿した。花瓶は朝鮮唐津の一輪挿しであるが無理をすれば四輪くらいは活けることができる。花の女神フローリアに仕える妖精アネモネの化身が、この花、アネモネである。
オフィスの近くに花屋がある。私は昼食の帰りに立ち寄って花を買い求める。
私は言う。「花は癖になりますね」。
女主人は応える。「そうですね。花が無くなると寂しくなりますね。私たちもそれでやめられないのです」。
「都忘れはいつ頃の花なの」?
「まもなく入りますよ。お好きなんですか」?
「ちょっとね。都忘れに今の花瓶のスタイルは合わないな。ブルゴーニュのワイングラスにでも挿すか」
ひとり言と聴いたのか、返事はない。
私は話し掛ける。「挿し花は死ぬと人間の死体の肌色に変わりますね」。
女主人は合図値を打つ。「花の色が全部消えますからね」。
「死体の色になるとていねいに葬ってやりたいと思いますね。ごみ箱に投げ捨てるなんてとてもできない。私が選んだあとは、私一人のために咲いてくれた花ですからね」。
女主人はしばし間を空けてから
「花は今のひとときを精一杯に生きているだけです。死ぬときも精一杯に死のうとしていますよ。命が短いので憐れと思うときもありますがそんな見方は人間の見方です」と返事を寄こした。
それから「今日はどの花にします?アネモネは春の花ですよ」と言った。
私は自分で花を挿して、それからアネモネの美しい姿態をピカソの前に置いた。アネモネの茎はとても柔らかく指で押しつぶしてしまいそうであった。