増田常徳画伯の「手品師」。F40 号の油彩コラージュ。春日のオフィスで本日撮影したものである。
真の芸術家とは、自らの個性と闘って、描きたいテーマを、自らの技法で、普遍的に描ける力量を持った人と定義をすることができる。
学問の体系を見ると、哲学、宗教学、言語学、語学、人類学、考古学、歴史学、地理学と並んで、文学、芸術、心理学が、人文学に分類されている。文学、芸術が学問に含まれるのなら、作文がうまいとか、絵を描くのがうまいでは済まされるはずがない。そこで真の文学者、芸術家とは何かが問われるのである。
増田常徳氏は、長崎県対馬の生まれである。独学で絵を学んだ。オリンピックのころ、増田画伯は西に延びる新幹線の鉄道工事夫として働いていたというから、絵の質よりも卒業学校ブランドを重んじる日本の美術界をめぐる風土の中では、生きていくことも大変な道のりを乗り越えて、芸術家として高い評価を受けることになる。いまや入手困難なほどの人気作家になっている。
自らの個性を乗り越えてこれだけ普遍的な作品を描けるようになったのは、増田画伯が人文学者としての要素を持ち備えていたからである。
掲載した絵画のテーマは、まさにポール・ゴーギャンが1037年にタヒチで描いた有名な絵画「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」である。
増田画伯は、ドイツを訪問した折に環境汚染で破壊された黒い森を視察して衝撃を受けた。それから人間とは何かの追及をテーマとした。人間によって殺された自然環境、動植物、人間によって殺された人間たちを、普遍的な形に置き換えて描くことをライフワークとしている。
手品師は、それ以前の作品である。ピエロが演じる虚と、演技が終わった後の実を、手品師に置き換えて描き切っている。
この絵画を、私は奄美大島にある大島高等学校に寄贈することを決めた。すでに泰さんを通じて、大島高等学校の了解を得ている。
この絵画を理解いただくための文書作成に取り掛かろうとしている。