眼の手術が終わった。病名は増殖性網膜剥離。おまけの白内障。
手術は、美容院の椅子に似た手術台に座る。椅子は後ろに倒れて体は頭から足元まで平行になる。すぐに顔を隠して余りある白い布がかぶさる。眼の部分は穴がすっぽり開いている。
眼が閉じないようにm開いたままの状態で強力な接着力を持つテープが上瞼に貼り付ける。すぐに目を中心とした金属のマスクを置く。そしてここを通して液体が根の中に流し込まれる。私は水面の中に身を沈めて浮いているような気分になった。ハムレットの恋人オフェリアが自分の父を殺した犯人がハムレットと聴いて気が狂い、小川のほとりにあった柳の枝にもたれたら、誤って入水し流されていく。そんな気分である。麻酔液は注射針を眼球に打つのかと思っていたら目の周りでそよそよ動いている液体の中に麻酔薬が入っているのであった。
すぐに水晶体にレーザーを当てて破壊し、粉々になった水晶体を吸い取る手術に入った。それはうまく行って、次に水晶体に変わる人工レンズをはめ込む工事に入った。ここで問題が発生した。
前立腺肥大を抑える薬飲んでますか?医師は声を掛けてくる。飲んでますと答える。
その薬の副作用で、虹彩の筋肉が弱くなってレンズを支えられない。「今日は網膜症の治療だからできない。何とかレンズを仮置きしてみますが、高い確率でこのレンズは落下します」。「その時はどうするんです?」私は訊いた。「レンズを眼球に縫い付ける手術をやります」。
私は沈黙した。医師も沈黙したまま水晶体の代わりにレンズをのせようと闘っているようであった。白内障とは水晶体が加齢のために曇ってくる病気であった。80歳にはほぼ100%この病気になるという。水晶体は自動的に遠近の区別を判断して凹凸の形を調整できるが、人工的なレンズでは焦点の自動調整はできない。固定焦点レンズなのである。
手術は続いている。それからドリルで眼球に穴を開け、開けた穴から3本の棒を刺した。一本は硝子体内に薬液を入れる棒。二本は照明器具を付けた棒。3本は仕事をする棒である。
仕事をする棒は血液が充満している硝子体を細かく切り取って吸い込んだ。それからナッターで増殖している新生血管を除去していく。それらを顕微鏡で見ながら行っていく。そして剥離している網膜に押さえつけるためのガスを注入する。このガスは、空気より軽いため顔を伏して寝ることではがれていつもうまくを眼球内の壁に押し付けるという仕組みになっている。
最後は3つの穴をそれぞれ縫って閉じる。それから目を思い切り開いて伊熱田稔直テープを外し、手術は終わりである。
部屋に戻ると写真のような冶具の中に顔を当てて4日間寝ることになる。ただし食事とトイレは起き上がってよい。トイレにはすたこら歩いて通う。
手術日は3月13日。退院は17日。22日に病院へ行った。結果は大変順調に回復しているとのこと。ガスは60%抜けているとの診断であった。しかし、手術した左目の視力は0.06である。退院時の視力検査では0.01であるから少しは進歩したものの、まだ完治とは言えない。
ガスが抜ければ視力は回復しますが回復の程度には個人差がありますと医師は言った。
これで3年間に及ぶ眼底出血の一件は、休止符を打ったことになる。終止符ではない。休止符である。
最後に。
文字にしたり会話にすると、眼球内の手術は怖いと思うが、そんなことはない。眼球に麻酔注射を打つこともない。まさに水面に浮きながら緩やかに、流れているように、静かに時が流れていく。まるでオフェリアのよう気分になった。
手術の痛みは何一つない。何か一つくらいあるだろうと詰問されても、ないとしか答えられない。一つ答えなければこの道を通さないと鬼に言われたら、手術が終わったあとに粘着テープをはがす時が痛かったと答えるしかないだろう。