服部隆幸 旅の寄り道

二つのイヤフォン

スマホで使っているイヤフォンが、またも壊れた。いや、断線しただけだ。イヤフォーンそのものは壊れていない。線を指でつまんで動かすと時折音が出ることがあるからだ。

またも壊れたというのは、何度も経験していることを指している。こうなると廃棄処分し新しいイヤフォンを買う以外にない。
こんなことは簡単に解決するはずなのに、どのメーカーも手を付けていなかった。２年ほど使った
ら壊れたほうのがいいのだ。
もしも４年くらい壊れなかったら販売量も生産量も半分になる。すると社員を減らすか、価格を２倍ほどに上げなければ企業運営ができなくなる。企業論理からすればこういう理屈であろう。

だが、この考えは高度経済成長時代、大量生産し、価格を下げて大量販売をする時代のものだ。
２年を待たずに壊れてしまい。買い替えなければならないのは成熟した社会にはふさわしくない。

そんな思いを抱きながら、池袋のビックカメラへ新しいイヤフォンを探しに出かけたのだが、探したらあった。それはイギリス製のイヤフォンであった。

グラスゴーに本社を置くオーディオメーカーＲＨＡ社のハイレゾイヤフォンＭＡ７５０である。

上の写真を見ればわかるように左側はいままで使用して一年半で壊れた国産品のイヤフォンジャック、右がＭＡ７５０のジャックである。線の太さ、ジャックと線のつなぎ目には頑丈なスプリングがしっかりとガードしている。


耳に挿入する部分もこの頑強さだ。上がＲＨＡ、下が壊れている国産。つくりがまるで違うことが分かるだろう。しかも、しかも、ＲＨＡは三年間保証である。そして価格は先回購入して壊れた国産のイヤフォンより安い。


しかもイヤフォンケースまでついている。これがメーカーの姿勢ではないか。
ネットで調べると、２０１１年に創立した会社であることが分かった。

さて、音質であるが、中音と高音が重視され研ぎ澄まされた厚みがある音なので驚いた。低温がぼんぼんと鳴り響くイヤフォンではない。しかし、ジャズライブを聴いてもベースが鳴り響くようなことはない。だから音楽を楽しむにはこのイヤフォンが適しているのかもしれない。

低音が欲しい人には、別のイヤフォンと使い分けを奨めていますと、ビックカメラの店員は言った。それでよいのかもしれない。

ただ一つだけ欠点があった。耳の穴に差し込むイヤーピースのサイズが私には合わない。すぐに抜け落ちてしまう。そこでコンビニでイヤーピースを購入し取り替えたら解決した。

ということで壊れたイヤフォンはごみ箱に直行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽井沢 Happy valley 幸福の谷

その昔、宣教師がこの地を見つけ、あまりの美しさに,Happy Valley(幸福の谷)と名付けたらしい。この地とは万平ホテルの裏手から旧軽井沢につながら山脈の途中にあって、谷底から急斜面を昇るその一角を指している。軽井沢の東にある山脈は日本列島をつなぐ山脈の一つであってこの山並みは連山となっている。

昔は栄えた別荘地であったろう。川端康成氏がこの地に別荘を構えていたことも有名な話で、山道を降りて北に歩けば軽井沢をこよなく愛した室生犀星の別荘あたりにたどり着ける。

この別荘地は迷路のように入り組んでいて、道に慣れない人は簡単には近づけない。

かつて、幸福の谷を一度も訪問したことはなく、以前から関心が高い別荘地であった。

脇田美術館から幸福の谷へ足を延ばそうと思ったのは、単に好天気に恵まれていたからである。軽井沢の友人からは、天気が悪いとき、夕方時などは勧めません。足元が急斜面で道が複雑ですから、それに石を敷いた道が多いですよと言われていた。

実際にその通りであった。道に迷わないようにタクシーで幸福の谷と言った。しばらく走って、この先はタクシーでは登れません。タイヤが枯葉でスリップしたら急斜面ですから最悪な事態になりますと丁重に降ろされた。

私はどうも足元の悪いコースを選んでしまったようだ。山肌を登った高台にはいくつもの別荘があって別荘の駐車場があるという話も聴いていたからである。

それでも秋の弱い日差しをあびて広葉樹は黄葉に化していたし、11月にしては驚くほど暖かい谷あいに鳥のさえずる声が響いていた。

急斜面を昇っていくと道が三叉路に分かれる。これでは日が暮れたら漆黒の夜道に、懐中電灯も持たずに歩けるわけがない。友人の言う意味が体験して理解できた。ひと時、腰を下ろして静かな谷あいの森の中で時間を静けさと共に過ごした。

それから軽井沢会テニスコートあたりに降りようとコースを変えた。直感的な行動であった。迷っても山肌を下れば旧軽井沢のどこかに着くと自信はあった。

下りながら、一瞬を生きているだけにすぎない自身の存在を感じながら、今ままでこの山肌で起こった出来事を想像してみた。山肌に置かれている大きな石は、こんなに擦り減っているもの、さぞかし多くの人たちが歩いたのだろう。外人宣教師たち、その家族たち、多くの日本人、さまざまな職業を持った人たち、別荘建築に携わった人たち、別荘に通う人たち、その中に川端康成も、室生犀星も、芥川龍之介も、堀辰雄も、立原道造も居た。いまは私一人が山肌を下っている。

想像することは楽しいことだ。心を自由に遊ばせることができる。

やがて矢ヶ崎川に突き当たった。ここまでくれば我が庭のようなものだ。橋を渡って広い道に出て右折すると軽井沢会の建物がある。

軽井沢会は、軽井沢に別荘を持っている名士たちが集う会で会員は１７００人を超えているという、伝統的な会である。この道を進めばテニスコートがあって旧軽銀座に出る。次の目的は沢屋のブルーベリーと八ヶ岳牛乳でつくったソフトクリームを食すること。これはさっぱりとした上質な味で実にさわやかである。

店員さんと会話をしながら昼食代わりとなったソフトクリームを食べた。

クルマがないと、軽井沢はこの程度しか楽しめない。クルマがあればどこにだって行けるのだが、多くの観光客は旧軽銀座でソフトクリームを食べて、アウトレットでお買い物をして帰っている、レンタルサイクルで別荘地を走り回る人も多い。

私は、３つあった目的のすべてを果たした。あとは帰京するだけだ。タクシーは客待ちをしていない。循環バスも平日は休みだ。駅に向かうのは草津から来るバスが一本あるだけだ。時刻表を見ると偶然にも３分ほどで草軽バスが来る。列に並ぶとすぐに多くの観光客が並んできた。全員が中国語を話していた。

軽井沢駅に着いて新幹線切符売り場に並ぶと次の空席がある列車は９０分後であるという。確実に座って帰ろうと思うなら切符を販売する駅員にしたがうしかない。

それではと、南口にあるアウトレットに足を運んで、広大な敷地を散策した。大昔、浅間山が大噴火した折にできた離山を手前に、左奥には浅間山が噴煙を吐いている姿を見ることができた。

落日する夕方の軽井沢は急に気温が下がる。アウトレットの店には入らずにベンチに座って刻々と変わる黄昏の時間を冷たくなっていく風と共に楽しんだ。

新幹線でスマホアプリを開いた。本日の歩行距離は10.7ｋｍであった。

脇田美術館は堪能した。手元に持っていたい、つまり、これ欲しいと思った油彩画が５点ほどあった。
幸福の谷を散策することで、軽井沢の遠い過去に想いを馳せ、軽井沢の歴史を感じることができた。こんな半日の旅もいいものだ。

本日の費用、新幹線往復代は忘れた、脇田美術館1000円、美術館でのコーヒー代は忘れた。タクシー代は1000円（おつりはチップ）、沢屋のソフトクリーム確か300円、旧軽から軽井沢まで草軽バス160円。以上。

 

 

 

 

脇田美術館へ行こう

ランチを共にする予定であったが、客人は急用とかで午前１０時過ぎには帰ってしまった。ぽっかりと時間が空いたので空を見ると久しぶりの快晴であった。スマホで軽井沢の毎時天気をググると、東京と同じ、ここも快晴であった。
そうだ。脇田美術館へ行こうと心が湧き上がってきた。すぐに上野駅に向かった。

金沢行きのはくたかは、すべて満席．あさまも１時間ほど待たなければいけなかった。車内は外国人観光客が多く、中国語が飛び交っていた。

軽井沢にある脇田美術館は紅葉の中にたたずんでいる。

過去に何度も訪ねた美術館であったが今回はわけが違っていた。テーマのコンセプト図面ともいえるモチーフが書いてある水彩画を入手してから、脇田和画伯の図録を何冊か手に入れ、読み解いたこともあって、画伯の絵を２時間もかけて各々の作品に集中したのである。

脇田和画伯は１７歳でドイツに留学、国立美術学校で解剖学から入る、いかにもドイツらしい絵画の学び方をした。若き頃に描いた人体クロッキーを見ると筋肉がしっかりと描かれているのは、解剖学を学んだ成果である。

鳥シリーズは、「守るべきもの」を「おぞましきもの」が狙っていて、鳥が、おぞましいものと闘いを挑む姿を描いている。そんなテーマを脇田和画伯独自の色彩を使って童画のようにほのぼのと仕立てあげている。上のパンフレットは脇田和画伯独自の赤色である。

脇田和画伯は、軽井沢のアトリエにつなげて美術館をつくることを思いたち、建築家の吉村順三と共に脇田美術館を建築。1970年から晩年までを軽井沢で暮らしたのである。

しかし、その美術館も年間を通して開館しているわけではない。上のパンフレットで分かるように、今年は11月18日から休館し、来年は6月ころに開館するという。

脇田美術館に行こうと思い立たなかったら、来年の6月まで待たなければならなかった。

脇田美術館の中庭に出てコーヒーを飲みながら、集中したための疲労感をいやしていた。透明で清涼な11月の風が体の中を吹き抜けていた。

もう一度戻って絵を観たいと思ったが、それは次回の楽しみにしておこう。

それから私は、万平ホテルの方向に足を向けた。万平ホテルの裏手にある「幸福の谷」を見るためであった。

歩きながら脇田美術館に来て本当に良かったと、うれしさをかみしめていた。今まで理解できずにいた脇田和画伯の絵画を読み解くことができた歓びであった。そのうえ美術館に置くほどの質が高い絵画を見ることができて、脇田和画伯の基準が分かってきた。その歓びを噛みしめていたのであった。これまで何度も訪問した美術館なのに、おかしなことであると思いながら、万平ホテルの裏手に回った。