いまの時期、軽井沢へ行くととても楽しいことがある。わずか1時間余りのドライブで桜とこぶしと、梅が同じ時間軸で並んで見ることができる。
この日、関越に乗ったのは13時03分であった。藤岡までは桜の花が満開であった。藤岡ジャンクションを左折し、長野へ向かうとやがて道路は登り坂になって、桜は辛夷にとってかわった。標高が上がったので気温が低いのである。
北国の春は、辛夷(こぶし)から始まる。この地はいま北国の春である。桜は今年の未来に咲く。軽井沢には、濃霧と小雨で迎えられた。一寸先が見えない濃霧を高速道で走った。インターから坂を下りて南ヶ丘へ着くと霧は晴れていたが、気温は低く+2.5℃であった。クルマは道路凍結注意の警告を発し続けていた。私はクルマを止め、エンジンを切ってサイドブレーキを引いた。雨の音しか聴こえなかった。鳥も鳴かなかった。
4か月ぶりの軽井沢であった。何とも切ない気持ちが湧いてきた。この地にこれほどの愛着を持つなんてどうにかしていると思った。
いつもの森は、雨の中にあったが、なんと森の一角に蕗の薹(ふきのとう)がたくさん顔を出していた。
おびただしい数の蕗の薹が芽生えていた。この森も北国の春であった。
それからちょっとうまい蕎麦屋でもりそばを食べた。そしていつもの然林庵で珈琲を静かに飲んだ。
然林庵はログハウスだけれど、開放的でよい。太い丸太が心地よい。
たったこれだけで私は軽井沢と別れを告げ帰路に向かった。正味1時間半くらいの滞在であった。
軽井沢には、森の中にたくさんのレストランや珈琲店が佇んでいる。どこも静かに時間を楽しませてくれる。人が人を邪魔しない。自分もいつかそうふるまっている。それがうれしい。
私は辻井さんのラフマニノフ・ピアノコンチェルト2番一楽章をここで聴いた。iPadにイヤフォンを差し込んで静かに聴いた。辻井さんは旨いなあとつくづく思った。
むかし、イギリスの片田舎でクラシック音楽を聴いてクラシックはヨーロッパで聴くに限ると思ったけれど、クラシック音楽は軽井沢も似合う。
然林庵にはチェンソーで切られた丸太が転がっていた。いかにも軽井沢らしい風景であった。