けさ、奄美大島の泰さんからタンカンが届いた。
ビタミンCを豊富に含むタンカンは、知友の父稲嶺一郎氏が戦後、普及させた柑橘である。沖縄で成功して奄美に伝来した。
奄美の人たちはタンカンを八等分に切って中身をそのまま食べるか生ジュースにして飲む。
今年はタンカンが笠利町の一部を除いて島外出荷禁止となった。
1986年には根絶が達成されていたミカンコミバエ種群が昨年9月以降、奄美に北上していることが確認された。
移動規制の対象植物はポンカン、タンカン、スモモ、マンゴー、パッションフルーツ等の果実類全般。またトマト、ピーマンなど果菜類全般。
対象となる区域は、誘引剤・殺虫剤を染みこませたテックス板の散布をしている誘殺地点から半径5㌔㍍以内。11月2日現在、291ヵ所にテックス板が散布されているが、奄美大島北部の一部を除いた地域で誘殺が確認されているため、奄美大島全島が対象となる。
泰さんはわずかに残った被害のないタンカン果樹園に行って手に入れたタンカンを名瀬の植物防疫所で検疫して貰って我が家に送ってくれたのだ。
ミカンコミバエなどの形態的に酷似した種の総称で、体長7㍉ほどの小型のハエの一種。果実や果菜類に被害を与える重要病害虫。
幼虫が果実に寄生すると腐敗・落下し、収穫が皆無になることもある。
日本では1919年に沖縄本島で初確認後、68年から根絶事業を開始。
約50億円をかけ86年には根絶を達成していたが、毎年台風などの強風に乗って、台湾や東南アジアから、数匹から数十匹程度の侵入が把握されている。
奄美大島では柑橘産業は重要産業であるためタンカン、ポンカンの出荷に致命的な打撃を受けた。この後パッションフルーツ、マンゴーの時期になるのでハエが成虫になる前に穴を掘ってタンカンを地中に埋めるなどの防疫体制がとられている。野菜類も全般というから被害は大きい。
こんな環境の中で泰さんは島外出荷禁止のタンカンを防疫を行って送ってくれたのだ。だから特別なタンカンなのだ。
(ミカンコミバエに関する記事等は奄美新聞を参照した書きました)