ルネッサンス時代の画家、クラーナハ展が国立西洋美術館で開催されている。オフイスからは都バス一本で上野公園まで行ける。春日の山から富坂を下りて真砂坂を上り、本郷の山から湯島の坂を下ればそこは上野だ。初冬の上野公園を歩くと湿った森の匂いがしていた。近いんだからアクションをしないと。動物はアクションする生き物だ。アクションをすれば何らかのリアクションを受ける。私は紅葉の時期を外してしまったなと残念がっていた。
クラーナハはアクションの画家だ。クラーナハの絵は何かしらアクションをしている。何かしらアクションが生まれる予感を持っている。いいかえれば動的な絵画である。
どうしても欲しいと思う絵があった。この絵を入手したらそのために家を作り直すだろうと思った。それは肖像画であった。静的な絵画であった。
ゴルビジェ建築群が世界遺産となってから西洋美術館も大勢の見学者が訪ねるようになった。平日の夕方であったが見学者の群れは絶えなかった。老夫婦が語り合っている姿もあった。
振り返ると黄昏時は過ぎ、空は青く映っているが空だけのことで人間界隈は夜のとばりに包まれていた。クラーナハを見にもう一度来なければいけないなと思いながら上野駅公園口から一駅乗って御徒町駅に向かった。新装松坂屋をのぞいてみたいことが目的であった。
人間は進歩していない。文明が変わるだけで人間は決して進歩をしていない。同じことを繰り返して世代交代をしているだけだ。人間は退化をし続けているかもしれない。500年前に描かれ今も大切に保存されている素晴らしい芸術を見るとつくづく思った。
思っただけであって何一つ変えることはできない。人間は大きいのか小さいのかが分からなくなった。