JBLの小さなワイヤレス・スピーカーをオフィスのデスクに静かに置いてから、アップルミュージックで静かなピアノ曲を流した。
それから庭に出て、、はさみで椿の花が一輪ついた細い枝を切り落とし、琉球ガラスのカップに生けた。
たちまち、春日の小さな空間は、小型のタイムトラベラーに変わった。
時間をさかのぼることはできないが、遠くに置いてきた思い出に向かってさかのぼることはできる。
今月中に納品しなければならない仕事を抱えている。来月から2カ月で、大きな仕事をつくりあげる。
僕は、午後から、黄昏時になるまでこの時間を楽しもうと思っている。
思い出に色彩はあるのか。ふとそんなことを考える。僕は毎日生きて思い出を織りだしている。
その時、僕は色彩まで記憶しているのか。
僕は、一日の間で黄昏時がいちばん好きだ。黄昏時に色彩はあるのか。灰色は色彩なのか。
明け方に黄昏時の夢をみた。その思い出が今も僕を引っ張り込んでいる。その夢は、鮮烈な色彩を持っていた。
だからまもなく覆いかぶさってくるだろう夜のとばりのわずかな一瞬を待ち望んでいるのだ。
こんな時間には、珈琲より紅茶が似合う。
わが社に来訪する、珈琲嫌いのたった一人のお客ささまのためにある、アール・グレイを出してお湯を注ぐ。それから、ランチ代わりの成城石井で手に入れたクッキーを出して静かに食べる。
自律神経を整える静かなピアノ曲を聴きながら、紅茶を飲み、クッキーを食し、静かに椅子に座っている。