「求めない」と求道的な題名をつけた小さな本が売れている。作者は加島祥造さん。1923年生まれ。伊那谷に一人住んでいる。風貌は哲学者か、画家か、書道家である。人間は求める存在であることを肯定した上で、求めないで済むことは求めないほうが良い、そうすると見えないものが見えてくると説いている詩集である。
一方、ここは幸福駅。いや、むかしは幸福駅であったはずの待合室。わずかに残るレールはどこともつながっていない。残された待合室を取り囲むお土産屋。ここに押し寄せる観光バス、そしてレンタカー。この人たちは幾百キロも、時には千キロ以上も離れた遠い地からこの地にやってきて、来るはずのない列車で愛国駅まで行ける切符を買い、待合室に名刺を貼り付けて、どこかへ去って行く。
彼らはかつて求め続けて探し物が見つからなかった人の群れである。求めても手に入らないことを肌身で感じた体験者の群れである。人の世を生きて幸福は足元にあることを知った幸福者の群れである。
それでも愛の国に行きたくて、幸福の場所から旅立つ幻の列車に乗ることができる切符を買い求めた夢追い人の群れである。北海道の原野に存在している世にも不思議な人の行為を楽しむほど贅を極めた、日本人の群れである。
あなたも人生で一回くらい、このばかげた行為を笑い飛ばして試してみると良い。求めないで済むことを求め続けたことによっても、見えないものが見えてくることをきっと知るはずだから・・・。