道は確かに示されていた。この道を走ると自分自身に約束をしていた。けれども霧の中に迷い込んだ。道には駐停車禁止の看板があった。硫化水素ガスが発生しているからクルマは停めていけないと書いてあった。外気を吸うクルマは硫化水素の臭いを室内に運んだ。急がねばと思ったが、クルマは停まってしまい挙句の果てに霧の森に迷い込んだ。
迷い込んだらいけない森であった。クルマはぬかるみで取られ、前に進まなくなった。スロットルを思い切り開いても後輪は空回りをするばかりであった。前進も後進も出来なくなったクルマの後輪に、着ていたセーターを当てた。そんなものでは抜けだせなかった。トランクにござとナイロンのシートが詰め込んであるのを思い出した。ついでに傘も二・三本、後輪の下に敷いた。これでクルマは動いた。しかしまっすぐにバックすれば迷いの森から抜け出せるものではなかった。前進時にハンドルを切っていたのだ。もはや前進しかないと判断した。NAVIに道路は示されていなかった。道路を大きく外れていたのだ。
確かな希望は空であった。梢を見ると小さな空はあった。この小さな空から森一面に雨が落ちていた。もうクルマを置いて歩こうと思った。それでなければ抜け出せないと思ったが雨足は強くなって歩くことも出来ない状態になった。ここは万座であった。いきなり乳白色の霧が万座を包んだ。クルマも当然霧に包まれた。やがて一歩先も見えなくなった。
森は紅葉が始まっていた。時折り強い風が吹いて霧が動くとモノクロの風景に赤や黄色が飛び込んでくる。
早く戻ろうと私は決めた。NAVIを遠景まで見えるようにセットして一番近い道路を目指してまっしぐらに走った。不思議にぶつかるものはなかった。木々を押し倒したと思ったがクルマに傷は出来なかった。
迷いの森に入り込む前にあった目印の樹に戻った。抜け出せたとようやく安堵感がでてきた。それにしても不思議な霧であった。霧が覆い包むと風景を一変させた。私は何時間も、モノカラーの中に身を置いた。 三笠ホテル前まできて、私は正気に戻った。霧は道を消して迷いの森へ導いた。三笠ホテル前で霧は完璧に消えていた。