iPadが発売されてすぐに、私はiPad-CRMの話を研修会スタイルで致しました。待ち望んでいたデバイスがようやく出来てきた歓びと、iPadで実現できること、と顧客に対する関係性構築のあり方が多種類のデジタルメディアとアナログメディアを駆使してループする。その主役はiPadになると、九〇分掛けて大きく変革していく営業の姿を、堰が切れたように話しました。そのあと参加者の反応を聴いて唖然としました。
「iPadがなぜよいのかわからない。ノートPCの方がはるかに便利ではないか」
彼らはいかにiPadがノートPCと比べて劣っているかを数えだしました。
ろくすっぽ入力も出来ない。パワーポイントもエクセルもつくれないし、使えない。PCとしての機能が決定的にない……」
発言した人たちは、システムインテグレーター会社に勤務してCRM、SFAを販売担当や技術担当をした経験の持ち主です。
ボタンの掛け違いどころではありません。話がまったくかみ合っていなかった。スタート台からして違っていたのです。
iPadはビジネスを制する力を持つとか、顧客の心とプロセスを動かす力がありますよという話を九〇分もして、高揚した気分に冷水を掛けられたような出来事でしたから、唖然より呆然に近い衝撃を受けましたのが真実です。
別な人が自分の解釈を発表しました。今日の話でわかったことはiPadは画面付きハードディスクということですね。営業はiPadにしまってあるデータをいつでも引き出せて顧客に見せられるということでしょう?
実は、この考え、画面付きハードディスク論や、ノートPC比較論は、いまだに続いているiPadとは何かを語る上でかなりの人々に共通して流れている思想なのです。
極めて最近のことです。ある大企業のiPadを検討する部門から、我が社のホームページにある問い合わせメールで、相談に伺いたいと連絡がありました。こ
名刺を見ると情報システム部門の方たちでした。相談内容は、営業が持っているノートPCを、順次iPadに変えてしまったらどうかと検討するように役員会からの指示が出ているので意見を聴きたいということでした。
「ノートPCの代わりになりませんよ。使う目的が違います。iPadはパワーポイントもエクセルもつくれません。PCの機能はほとんどないと思った方がよいですよ」そういってから、私が衝撃を受けたあの返事と同じことを言っている自分に気づいて話の方向を変えました。
「iPadは顧客の心を動かし、プロセスを動かすために使うのがベストな方法です」
彼らはまったくわかりません。なぜパワーポイントやエクセルは出来ない。PCの機能はないと思えなどと言ってから、急に心とプロセスを動かすのだと話が変わったのか、その段差がまったく見えなかったのでしょう。怪訝そうな顔をして固まってしまいました。相談する相手が間違っていたという表情です。
私は、ていねいに「iPadは顧客と営業員の対話を成功させるためのツールです。顧客と会っている場でも、会っていない時でも顧客と関係を深め、顧客の心を動かし、営業プロセスを促進する力を持っています。そこを理解しないといけません。ノートPCの変わりにすると考えるのはあまりにも素人発想です。ムリです」と返事をし直しました。
すると、「iPadがタッチパネル付きハードディスクという認識はしておりますが、御社に相談すればノートPCとiPadが融合するアイディアが訊けるのではないかと思いましてきたのですが、心を動かすとか、プロセスを動かすという話はちょっと……」と、反応は鈍く、これ以上に、iPadの話は理解されませんでした。
彼らは、iPadだけを見つめているのです。プロジェクトをつくってかなりの時間を掛けて議論した結果、iPadは、タッチパネル付きのハードディスクと定義をしたそうです。
私は断言します。iPadをにらんでいても、iPadを活用する道には、たどり着けないです。生涯にわたってです。
いまだにノートPCの変わりにならないかと考える経営者がいるのは決して不思議とは思いません。BMWやベンツのようなプレミアムカーと、国産の小型ファミリーカーとどう違うのか、違いが分からない人がいるのと同じように、iPadとノートPCとの違いがわからない人がいるのは当然なことです。
「iPadをだれが創造したのか、わかっていますよね。マッキントッシュ、アップルコンピュータを創造したステーブ・ジョブスですよ。もっと想像力を豊かにして取り組んでください。ジョブスがタッチパネル付きハードディスクを世に出すわけがないでしょう」
とは、口にこそ出しませんでしたが、喉まで出掛かったことは事実です」