iPadが発売されてすぐの頃、iPadを導入するとニュースリリースされた会社の方が、我が社に来ました。
この会社は非常にデザインされた製品を企業に販売している、だれでも知っている有名な会社です。そしてiPad担当の方は、ご多分に漏れず情報システム部門の方です。
経営者は、発売と同時に「すぐにiPadを導入しろ。そしてあっと驚く格好よいiPadをつくれ。例えば我が社の製品の背景にいろいろなシーンの画像をはめて、製品が際立って目立つようなものとか、3Dを駆使して、我が社の製品がどの位置からでも見ることができるようなものとか、想像力をたくましく働かせて画期的なiPadをつくれと指令を発したそうです。
情報システム部の人たちですから、頭を抱えてしまい、販促部門に相談に行ったところ、
「それをつくるには、販促部門と同じくらいの人数と、予算が必要ではないか。そんなものをつくって売上が何割かアップして費用対効果が出ればいいけれども、出なければどうするんだ。我が社の製品数がどのくらいあるのかわかっているのか、毎年新製品が出ているがそれをバージョン管理してつくり続けることは出来るのか。出来るわけがない。売上は増えず、コストはべらぼうに増えて、費用対効果は出ず、またそんなコマーシャルムービーのような、きれいなツールを、莫大な費用を掛けて作成しても顧客は見ないよ」と、がーんとやられたそうです」
私は、「その通りですよ」といいました。
彼らは「社長命令ですので、それに非常に気合が入っていますので……私たちも考えましたが、いいことは何にもないということまではわかったのですが、どうにも社長命令ですので」と困り果てているのです。
この会社の製品はデザイン力のよさで際立ってきたらしいのですが、その旗を振ったのがいまの社長で、美意識は人間にとって最上位にある概念だと、強い理念を持っている方らしいです。
5で書いたことと本号で書いた二つの事例は、iPadをどう捉えているかを如実に表現しています。
ノートPCの変わりにならないかという検討と、クリエイティブな側面だけに着目する検討は、左脳と右脳の両極端な発想ですが、iPadの可能性を示したものとして印象的です。
ホームページを制作する会社がiPadコンテンツ制作業務に参入しています。彼らは最新のテクノロジーを使ってデザイン的に美しい提案画面をつくることができますが、美しすぎて本来の目的が消えてしまいます。
ブランディングを高めるために格好いいiPad向け雑誌をテスト発行している企業も多くあります。アメリカの雑誌WIREDに刺激されてiPadならではのデザイン重視雑誌をつくります。けれども長続きしていません。世界的に有名な企業が挫折する理由は、推測ですが制作コストが高く、作品はデザインだけ重視していて、更新はありませんし、仮想空間にありますから、観る人は限られていて、これだけの人数しか見なければ、マス広告に切り替えた方が効果が高いと決めたのだと思います。
常に更新を続けているから訪問してくるのであって、デザインのよさやテクノロジーを使った奇抜さだけでは、閲覧数を増やす競争の源泉にはならないということです。ましてや顧客との対話場面で使うのであればなおさらです。
クリエイティブさを追いかけて本末転倒してはいけません。
顧客が欲しいのは常に自分に必要な最適な情報です。デザインに手を加えるほど時間が掛かるわけで、情報の鮮度は落ちているわけです。顧客が欲しいのは、自らが納得できる最適な情報なのです。